ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

カテゴリ:子育て

 昨夜は、ケンの高校のバンドのジャズコンサートがあった。 その中から、ケンが入っていたジャズコンボによる演奏、"Take 5" 3:37あたりからケンの即興演奏があります。ケンはジャズ演奏は始めたばかりなので、大目に見てやってください…… ジャズの即興は、「まったく ...

  2年前の4月の第1週、エミの誕生日を祝うためにパパと二人でNJに旅行中だったみんは、背中の激痛におそわれて救急病院に運ばれた。そこでの検査で、背骨(首のあたり)に圧迫骨折があることと、複数のリンパ節が腫れていることがわかり、悪性リンパ腫かもしれないので即 ...

 今日はケンの16歳の誕生日。 毎回思うけれど、「早い!」  ケンは明日から、高校のバンドの演奏旅行でギリシャへ行く。10日間の旅。今夜のうちにスーツケースを高校に運び、ネームタグをつけたり、重量をはかったり。バンドのツアーなので、楽器がたくさんあって大 ...

 2月中は春のように暖かかったシカゴなのに、今週は大雪が降った。 全部で30センチ以上積もったと思う。Lake effect snowといって、風向きのせいで湖の湿気を吸った空気が湖の反対側にどっさり雪を落とすという現象らしい。(違うかも。夫に聞かなくちゃわからない。) ...

 この数日、花に囲まれて過ごしている。 多くの方たちが花や、いろんなギフトをみんのために送ってくださった。  日曜日に来るはずだったEちゃんは、準備が間に合わなかったということで、昨日来てくれた。お花と、リラックマと、大きなクッキーと、スクラップブック(ア ...

パウロはローマ書8章で、被造物全体が贖われることを切望して、うめきとともに産みの苦しみをしていると主張している。被造物は良いものだが、神ではない。美しいが、その美しさはつかの間のものである。痛みの中にあるが、その痛みは神のお心の中に取り込まれ、新しい誕生 ...

 今日は、マイケル(みんのボーイフレンド)とマイケルのお母さんと三人でランチをしてきた。マイケルは私にとって盟友であり、みんに関していちばん思いを分かり合える人なので、今日一緒に時間を過ごすことができてよかった。泣いたり笑ったりしながら、静かで幸いなとき ...

 今年はどういうわけか、レント(受難節)が来るのをとても心待ちにしている。今年は3月1日から。 みんがステージ4のガンの診断を受けたのが、2015年の4月6日、復活祭の翌日だった。この年のレントは特に祈りに集中したくてFacebookをお休みしていた。(2015 ...

 去年のバレンタインデーは日曜日で、みんが退院してきた二日後だった。この週末は、エミとま〜やも急遽帰宅してくれていた。そこで私たちは、教会に行くかわりに自宅で短いファミリーディボーションの時を持った。思えば、子供たちが小さいときは、週一くらいでやっていた ...

 ケンは小学校5年生のときに、学校の音楽の授業の一環でバンドに入った。サックスを始めたが、中学(日本の中学2年生) を卒業するまではたいして興味がなかったようで、ろくに練習していなかった。 けれども高校生になってからスイッチが入ったのか、俄然練習するように ...

 アメリカのお葬式は、やはり教会で行われることが多い。しかしたいていの町にはfuneral homeと呼ばれる斎場があり、お葬式の前日に故人にお別れを言うための、日本で言えばお通夜のような儀式(wakeとかviewingとか呼ばれる)はそこで行われるのが一般的だ。 みんもうちの村 ...

 先日みんの高校のプロジェクトの手紙が送られてきた話がBuzzfeedの日本版と英語版の両方で取り上げられたところ、かなり読んでいただけたようで、今日はなんと、ABCnewsのライターさんから連絡をいただいた。彼女いわく、「あなたがFacebookに投稿したしたものを読みました ...

 何となく元気がでなくて、1年前の家族間のテキストメッセージを読み返していたら、こんなのを見つけた。 2月13日というと、退院して自宅に戻ってきた翌日。夕方4時20分にみんが「祈って」とテキストして、夫が「We prayed」と返事しているというのは、どういうシチ ...

 先日、びっくりするようなことがあった。高校の封筒で、みん宛に二通の封書が届いたのだ。 今でもみん宛の郵便が届くことは時々あるので、またかぁ…と思いつつ、高校からとは一体なんだろう?と思いつつ、封を開けた。 それは、みんが高校生のころに英語の授業の宿題と ...

 子を失った悲しみには、どんな慰めの言葉にもそう簡単には慰められない偏屈さがある。どんな説明も受けつけられない頑固さがある。 先日、今、私が感じている娘を失った痛みは、産みの苦しみなのかもしれないと書いた。この悲しみの中から生まれ出でようとしている何かが ...

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