ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

カテゴリ:suffering

 今年はどういうわけか、レント(受難節)が来るのをとても心待ちにしている。今年は3月1日から。 みんがステージ4のガンの診断を受けたのが、2015年の4月6日、復活祭の翌日だった。この年のレントは特に祈りに集中したくてFacebookをお休みしていた。(2015 ...

 みんを失ったことで今私が感じている痛みは、実は産みの苦しみなのではないかと、ふと思い至った。 「ママ、がんばって。」 みんが励ましてくれているように思う。それは、「泣かないで」「悲しまないで」ではなく、産みの苦しみをしている私のそばにみんが寄り添って、 ...

 先日の記事(「問い」)について、友人の古川牧師から、次のようなコメントをいただきました。とても心に沁みたので、許可をいただいて、ここに書き留めさせていただきます。 僕は、息子が亡くなった時、「こんなことは神の御心ではない。神も悲しんでくださっている、と ...

 私はこれまでの信仰の歩みの中で、この世に起こることは、どんな悲惨なことであっても、すべて神様の御手の中で、神様の許しの中で起こると教えられてきたと思う。神様がすべてのことを支配しておられるので、神の許しなしに起こることは何もない、と。そしてその中に、慰 ...

 昨夜は疲れていたので、年が明けるのを待たずに早々に就寝しました。今日のお昼に、年越しそばになるはずだったおそばをいただきました。(笑) 2016年は、皆様の祈りと励ましによって本当に支えられました。皆様の祈りがなければ、今頃どうなっていただろうかと思い ...

  今日のアドベントプロジェクトのディボーションを読んで思わされたこと。  おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。“Greetings, O favored one, the Lord is with you!” (ルカ1:28)   こんな挨拶をされたら、どんな素晴らしい知らせが来る ...

  今日はみんの22歳の誕生日。この日がくる前にすでに十分泣いたせいか、今日は朝からとても落ち着いている。皆さんの祈りを感じる。そして、みんのFacebookのページに大勢のみんのお友達が誕生日のメッセージを寄せてくれているのを見るだけでも、とても慰められている ...

 今日は夫と二人で、Transforming Center (代表 Ruth Haley Barton)主催の「十字架の道行きの祈り」礼拝に参加してきた。場所はホイートンにあるロレット女子修道院のチャペル。イエス様が十字架に架けられた時間に合わせて、昼の12時から。 最初にルース・ヘイリー・バ ...

 夕べ、なかなか寝付けないでいたら、突然、箴言3:27−28が頭に浮かんだ。あなたの手に善を行なう力があるとき、求める者に、それを拒むな。あなたに財産があるとき、あなたの隣人に向かい、「去って、また来なさい。あす、あげよう」と言うな。   神様が私たちにそ ...

 みんの症状は日々変化する。ステント挿入後、今回はかなりうまく痛みがコントロールされていていい感じで、昨日は食欲もあって(といっても、clear liquid dietだが)、水やコンソメスープを飲んでいた。ところが、夕べは咳と痛みであまり眠れず、今日は喉の奥にまたもやひ ...

 みんは、月曜日にステントをもう少し大きなものに入れ替える手術をすることになりました。今夜のうちに病院に行き、また数日入院です。願わくば、2、3日で帰宅できるといいのですが…   実は昨日はドクターにちょっとショックなことも言われ、打ちのめされてしまった ...

 昨日は一ヶ月半ぶりに、スピリチュアル・ディレクションを受けてきた。 今の私にとっては、みんの病気は生活の主要な一部。一部どころか、ほぼ全体。そこで、みんの病に寄り添う中で、どこに神様を見いだしているか、などについて話した。 会話の中で、ディレクターが、B ...

 みんは一昨日の晩から心臓科のICUに移され、翌朝いちばんに、肺にカテーテルを入れる処置と、心嚢開窓術という処置を同時に受けた。(手術は朝7時からだったので、私も6時半過ぎには病院に来た。)腹水やら胸水が溜まるのは末期ガンの症状らしいけれど、みんの場合、胸水 ...

 みんの具合が、この1〜2週間であれよあれよと言う間に悪くなってきている。 先週末あたりから固形食が食べられなくなり、今はもっぱら、ポタージュスープとスムージー、アイスクリームやプディングといったものばかり。固形食は喉を通らず、柔らかいものも、たくさん食 ...

 山崎ランサム先生のブログを読んでいて、引っかかったこと。…パウロはまたキリストとその福音のために苦しむ生き方を教えていますが(2コリント1章5節、4章10節、2テモテ1章8節など)、それはまさに復活の力によって生きる生き方にほかならないとボイドは論じます。ただ ...

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