ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

カテゴリ:霊的形成

 実は、今年はこのブログ(以前は「ウェブ日記」と呼ばれていましたが)を開設してから、満二十年になる。 ホームページとして始めたのが1998年2月、ウェブ日記を書き始めたのが同年5月だった。 ウェブ日記のスピンオフで、リバイバル新聞さん(現地引網出版)に連 ...

新・平静の祈り(ジェームス・マーティン イエズス会神父)神よ、私にお与えください。変えることのできない人を受け入れる平静な心を。要するにほとんどすべての人のことです。私は明らかにあなたではありませんので。少なくとも、最後に確認したときは、私は神ではありま ...

ノーウィッチのジュリアンの有名な祈りの全文。全文を読むのは初めてなので、メモしておく。In you, Father all-mighty, we have our preservation and our bliss. In you, Christ, we have our restoring and our saving. You are our mother, brother, and Saviour. In you ...

それからパンを取り、感謝の祈りをささげた後これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい」(ルカ22:19)数日前の「ブロークンハート」という記事は、アン・ヴォスカンプの" ...

今、読んでいる本の中に、こんな印象に残るエピソードが記されていた。子どもがハート型に切り抜いた白い紙とセロテープを持ってきて、「私の胸に貼り付けて」と頼んだ。母親は、子どもの前にひざまづくように座り、手のひらサイズのハート型を、子どものちょうど心臓のあた ...

 これは、先週の聖土曜日に見つけた画像なのだけれど、聖土曜日に限らず、ずっと私のリマインダーにしたいと思ったので、ここに載せておくことにする。 この1ヶ月くらい、ちょっといろいろあって、やや参り気味だった。しかし今日、愛するある姉妹と話していて、そうか、 ...

キリストは、 神の御姿であられるのに、 神としてのあり方を捨てられないとは考えずご自分を空しくして、 しもべの姿をとり、 人間と同じようになりました。人としての姿をもって現れ、 自らを低くして、 死にまで、 それも十字架の死にまで従われました。それゆえ神 ...

イエスよ、心が柔和でへりくだっているお方よ、私の祈りを聴いてください。   尊敬されたいという願いから イエスよ、私を救い出してください。  愛されたいという願いから イエスよ、私を救い出してください。  褒めそやされたいという願いから イエスよ、私を救い出 ...

このブログの上方にあるメニューに、「エクササイズ」という項目を加えてみました。これまでも、普段の記事の中で様々な霊的修練について言及してきましたが、それらに加筆修正したり、新たな記事を書いたりして、「エクササイズ」の項目からまとめてリンクしていきます。今 ...

先週、55歳の誕生日を迎えました。客観的に聞くと、すごく「年配」ですよね。体力の衰えは確かに感じるものの、中身は相変わらず未熟なままなのに、年だけ重ねていくことの恐ろしさ…(笑)私の誕生日は、Miho Dayの二日後です。二年前の誕生日は、青空の広がる晴れた日で ...

(by Joyce)(by Logan)(by princetakumis)(by milkgrrl)  (by Sh0tze) これらの絵は、昨日のみんの二度目の召天記念日のために、みんの友人たちが描いてくれた、みんの肖像画。みんの親友のEちゃんが企画してくれたらしい。アート好きなみんを記念するのにふさわしい、なん ...

 金曜日の夕方から日曜日の昼過ぎまで、沈黙のリトリートに行ってきた。私のスピリチュアル・ディレクター主催のリトリートで、本当のことを言うと、最近いろいろ忙しかったので、リトリートに行くことすら面倒だと思っていた。 けれども、年末に急に入った仕事が2月いっ ...

 I invite you, therefore, in the name of the Church, to the observance of a holy Lent, by self-examination and repentance; by prayer, fasting and self-denial; and by reading and meditating on God’s holy Word. And, to make a right beginning of repen ...

 二日前、用事でシカゴ大学へ行ったときのこと。時間があって、1時間くらいキャンパス内の路上に停めた車の中に座っていた。 やはりこの時期になると二年前のことが克明に思い出される。特に、シカゴ大学へ行く道のりは、どの景色を見ても、「あのとき」のことが思い浮か ...

これらのページに記された告白に対する私の応答は簡単です。 彼女(マザー・テレサ)の側に、この霊的枯渇を説明できるような深刻な落ち度はまったく見られません。これは単に、霊的いのちを極めた人ならだれでも知っている、"暗夜"なのです。もっとも、彼女が通っているもの ...

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