ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

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 レクツィオ・ディビナ が御言葉を読むことを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けるのに対し、ヴィジオ・ディビナでは、画像などを見ることを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けます。 レクツィオ・ディビナが「聖なる読書」なら、ヴィジオ・ディビナは「聖なる注 ...

 私たちは、日々の生活の中で不安や恐れや悲しみなど、不快な感情に襲われることが少なからずあるものです。そのようなとき、「闘争か、逃走か」のモードに入り、祈りをもって応答するよりも、感情的に反応(リアクト)しがちです。歓迎の祈りは、そういった強い感情に押し ...

(IgnatianSpirituality.comより) Examenとは、イエズス会の聖イグナチオが教え、実践していた振り返りの祈りの方法で、日本語では「意識の糾明(または究明)」と言います。生活の中における神様の愛に満ちた御臨在(現存・presence)を意識し、御霊の動き・導きを識別で ...

 「呼吸の祈り」とは、自分の呼吸に合わせて祈るシンプルな祈りです。いつでもどこでも祈ることのできる単純な、それでいて力強い祈り方です。パウロが「絶えず祈りなさい」と言ったとき、彼が想定していたのはこのような祈りだったのかもしれません。 歴史的には、紀元5 ...

 レクツィオ・ディビナとは、「聖なる読書」という意味で、聖ベネディクトが荒野の教父の影響を受けて始めたと言われる、古代から用いられていた、祈りをもって御言葉を読む方法です。(または、御言葉を読みながら祈ると言ってもいいかもしれません。)御言葉を章単位 ...

“I am the way and the truth and the life.”  John 14:6ラビリンスについて  ラビリンスの歴史は古く、紀元前にまで遡り、これまで様々な霊性の伝統の中で、黙想の手段の一つとして用いられてきました。キリスト教では、中世に、諸事情でエルサレムに巡礼に行けないク ...

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