ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

カテゴリ:教会暦

見よ、わたしはわたしの使いを遣わす。彼は、わたしの前に道を備える。あなたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、彼が来る。ーー万軍の主は言われる。だれが、この方の来られる日に耐えられよう。だれが、この方の現わ ...

今日からアドベントです。教会暦では新年になりました。今年のレクショナリーはCです。「見よ、その時代が来るーー主のことばーー。 そのとき、わたしはイスラエルの家とユダの家に語ったいつくしみの約束を果たす。 その日、その時、わたしはダビデのために義の若枝を芽生 ...

ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから十一キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いて ...

 テネブレ(Tenebrae)、というものを、今年初めて知った。 「テネブレ」とは、ラテン語で「暗やみ・影」を意味し、カトリックの典礼の一つで、受難週の最後の三日間(木曜日、金曜日、土曜日) に、キリストの受難と死を記念して行うものだそうだ。  15本のロウソクを ...

キリストは、 神の御姿であられるのに、 神としてのあり方を捨てられないとは考えずご自分を空しくして、 しもべの姿をとり、 人間と同じようになりました。人としての姿をもって現れ、 自らを低くして、 死にまで、 それも十字架の死にまで従われました。それゆえ神 ...

先週末は、南カリフォルニアでJCFN主催の沈黙のリトリート、C-WIT So Cal18に参加してきました。約三十人が集まり、幸いな一日を過ごしました。C-WITは何かを学ぶためのDoingの集まりではなく、ただ"Being"に浸る時間です。 参加者の皆さんには、信仰の歩みの中における今の ...

今年も、バイオラ大学のレントプロジェクトをレントのデボーションに使っている。先週(木曜日から土曜日まで)は「自分を知る」というテーマ、そして今週は「悔い改め」というテーマ。いくつか紹介されていた祈りが心に響いたので、ここに書き留めておく。 Almighty God, w ...

 I invite you, therefore, in the name of the Church, to the observance of a holy Lent, by self-examination and repentance; by prayer, fasting and self-denial; and by reading and meditating on God’s holy Word. And, to make a right beginning of repen ...

主よ 私たちの主よあなたの御名は全地にわたりなんと力に満ちていることでしょう。あなたのご威光は天でたたえられています。幼子たち 乳飲み子たちの口を通してあなたは御力を打ち建てられました。あなたに敵対する者に応えるため復讐する敵を鎮めるために。 あなたの指 ...

旅行中は書く時間がないだろうと思っていましたが、時差ぼけで妙な時間に目覚めるので…(笑)周囲はどうも、クリスマスはすでに終わって、新年に向けて気持ちの切り替えがなされているようですが、クリスマス(降誕節)はまだ終わっていません。クリスマスはキリストの公現 ...

王が自分の家に住み、主が周囲のすべての敵から守って、彼に安息を与えられたとき、王は預言者ナタンに言った。「ご覧ください。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています。」すると、ナタンは王に言った。「さあ、あなたの心にあることをみな ...

神である主の霊がわたしの上にある。貧しい者に良い知らせを伝えるため、心の傷ついた者を癒すため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、主の恵みの年、われらの神の復讐の日を告げ、すべて嘆き悲しむ者を慰めるために、 ...

「慰めよ、慰めよ、わたしの民を。 ーーあなたがたの神は仰せられるーー エルサレムに優しく語りかけよ。 これに呼びかけよ。 その苦役は終わり、その咎は償われている、と。 そのすべての罪に代えて、 二倍のものを主の手から受けている、と。」 荒野で叫ぶ者の声が ...

 教会暦では新年になりました。今年のレクショナリーはYear Bです。しかしその日、これらの苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たなくなり、星は天から落ち、天にあるもろもろの力は揺り動かされます。そのとき人々は、人の子が雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来 ...

私たちが神の子どもと呼ばれるために、――事実、いま私たちは神の子どもです――御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかに ...

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