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 数年前からこのブログを読んでくださっている方なら、エリカ(仮名)のことを覚えているかもしれない。

 エリカは、中学時代からのみんの友達だった。中学時代は親しかったけれど、高校で少し離れ、高校を卒業してみんがニューヨークから戻ってから、また関係が近くなった。彼女は家庭環境が複雑で、子供のころから、母親のもと、伯母のもと、祖母のもとを転々としていた。そして、みんと再会したころはボーイフレンドの家に住んでいたのだが、ボーイフレンドと別れ、行く場所がなくなってしまったのだった。みんは大学で、人が立ち直るためにはまず安定した居住空間が必要だということを習っていた。よく、ホームレスの人は、まず仕事をしてお金を得てから自力で住む場所を探せばいいと言われる。しかしある研究によると、それだと仕事が長続きせず、なかなか住む場所を探すところまでいかないけれど、まず住む場所が与えられれば、仕事も長続きし、より自立できやすくなるのだそうだ。
 
 ホームレスになった当時、エリカは仕事もなく、自分の車の中に寝泊まりして路上生活になるしかなかったのだが、みんはそれではいけないと思い、私に、しばらくエリカをうちに住まわせてあげることはできないかと言ってきた。みんの話では、エリカは同居していたボーイフレンドと一緒に薬物の売買をするビジネスを始めようとしていたところ、ボーイフレンドの母親に見つかって、貯金をはたいて購入した薬物を全部捨てられてしまったのだそうだ。薬物の売買をしようとしていたくらいなので、本人も薬物を使用していたことは明らかだった。うちにはまだケンやま〜やだっているのに、そういう「危険な」若者を家に入れるのは、いくらみんの友達とは言え、私には抵抗があった。

 しかしみんの真剣な表情と、私自身の中で神様からそうしなさいと言われているような感覚があったため、思い切って彼女を地下室の部屋に期間限定で住まわせてあげることにした。当時義母がガンで闘病中だったため、夫がサバティカルをとって3ヶ月半日本に行って留守だったので、この期間中なら夫に迷惑をかけることもないと思い、夫が帰ってくるまでの間、という条件で彼女を住まわすことにした。彼女の同居に際しては、この家の敷地内では薬物もタバコも一切使用しないこと、この家庭のルールは守ること、といったいくつかの条件は出した。(詳しくは、このブログの「エリカ」というカテゴリーの記事をご参照ください。)

 エリカをこの家に住まわせることはいろいろな意味で冒険ではあったけれど、概ね良い体験であり、彼女もとても感謝してくれた。そして最後は、彼女と断絶状態になっていた母親が登場し、赤の他人でありながら私がエリカの面倒を見ていたことに大変恐縮&感謝し、母親がこれからはエリカの援助をするということでエリカはここを去ることになった。エリカとお母さんの関係が修復されたことも感謝だった。

 その後、エリカは大手のファミレスに仕事を見つけ、コミュニティーカレッジにも通い始め、順調にやっているようで私たちもとても喜んでいた。ところがその年の夏、エリカは野外コンサートで出会った男性と同棲を始め、その男性とどこかに行ってしまった。せっかくの仕事もクビになり、みんもエリカと連絡を取ろうとしたけれど、行き先不明だった。そして半年くらい経ったころ、いま東海岸にいると連絡があり、その後間もなくイリノイに戻ってきた。その男性との関係がどうなっていたのかは私は知らないが、なんとかアパートはお母さんが世話してくれたものの、また職なしになってしまったようだった。
 その後はしばらくみんとも行き来があり、うちに泊まりに来たり、みんもエリカのアパートに泊まりに行ったりしていた。
 
 そんなあるとき、みんからエリカのことで相談があると言われた。どうも、薬物がらみで危険な仕事に手を出そうとしているらしいとのことだった。みんは何度か彼女と話をしようとしたけれど、エリカはみんには耳を貸さず、みんに対しても嫌な態度をとるようになっていたそうだ。みんはよく考えた末、しばらくエリカから距離を置くことにしようかと思うけれど、ママはどう思う?と聞いてきた。私はそれがいいのではないかと言った。そこでみんは、「私はいつまでもあなたの友達だけれど、あなたが今のような生活を続けている限りは、あなたの生き方を支援することはできない、あなたが考えを変えて、もっと違う生き方をしようと思い、その上で助けや支援が必要ならば私はいつでもあなたを支える、でも今の行動を続けている限りは、もうあなたのそばにいることはできない」とエリカに伝えた(そのメールを私に見せてくれた)。エリカは激怒した。親友ならどんなときでも援助を惜しまないものなんじゃないの?と。そして二人は袂を別つことになった。それが2014年の秋の11月頃だったかと思う。その後、年が明けて間もなくくらいの頃、みんの留守中にエリカが忘れものを取りにうちに来たことがあった。そのときもエリカはみんに腹を立てていたけれど、私には感謝を示してくれた。私も、「危ないことをしてはだめよ。人生を大切にしてね」と言うと、「はい」と言って私を固くハグしてくれた、私がエリカに会ったのはそれが最後だった。

 みんはエリカとの関係がこのようになってしまったことを残念に思ったものの、これ以上エリカを支援しようとしても、今のままでは彼女のライフスタイルを助長するだけで真の助けにはならないと思うから、とtough loveの上に立った絶縁だった。そしてそうこうしているうちに春になり、みんはガンの診断を受けた。みんはFacebookには自分のガンについて書いていたけれど、エリカとはFacebookでもフレンドを解除して、互いの動向はわからない状態だったようだ。みんの闘病中、私は何度かエリカに連絡しようかと考えたのだが、エリカが今どういう状況なのかわからなかったし、そもそも連絡する手立てもなかったのでそのままになっていた。

 そのエリカが、みんのwake(お通夜)に来た。いちばん最初に現れたゲストで、私たち家族と一緒に、いちばん最後までいてくれた。途中でエリカのお母さんと伯母さんも来てくださった。エリカは何度もみんの棺のところに来て、みんと話をしていた。

 エリカは、もうすぐまた新しいアパートに引っ越すところで、仕事もレッドロブスターというファミレスで働き始めたと教えてくれた。そして、私に手紙をくれた。そこには、みんが病気で大変なことになっているとはまったく知らなかったこと、早く連絡を取りたいと思いつつも自分の人生を立て直すのに時間がかかっていて、みんに連絡をするときにはもっとちゃんとした自分でいたいと思っていたこと、みんに立ち直った自分を見せて、誇りに思ってほしいと思っていたこと、みんにこれ以上心配をかけたくないと思っていたこと、でも今やもう遅すぎて、みんが苦しんでいたときにそばにいてあげることもできなかったことを、悔やみきれないほど悔やんでいることなどが切々と記されていた。(涙) 

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 私も悔やまれる。エリカはみんが愛した友だったのだから、私も彼女のことを思い出して、手遅れになる前に連絡すべきだった… エリカが頑張っていることを知ったら、みんはどれほど喜んだだろうか。
 エリカは、翌日の葬儀にも来てくれた。そして、葬儀の途中で何人かの友人がスピーチしてくれたのだが、彼女も立ち上がって、皆の前でみんへの感謝と愛を語ってくれた。
 

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(意図的に顔をぼかしています。)

 エリカは、みんがエリカに与えた影響ははかり知れず、みんのような人はおそらく二度と出会えないだろう、みんのことを愛して止まない、決して忘れないと語ってくれた。

 今度こそ立ち直り、エリカがしっかりとした道を歩んでくれることを心から願う。エリカにはみんの分まで生きてほしい。みんもそれを願っているはずだから。