MihoCard

 みんのこの地上での最後の約30時間のことを記しておこうと思います。生々しい記述もありますが、みんが生きて闘い抜いたことの証しなのであえて詳細も書き留めることにしました。(生々しいのが苦手な人は、今日の記事は飛ばしてください。)これは、読んでいただくためという以上に、私自身のために書きました。私がgrieving processに入っていくために。長いですが、お付き合いいただけるなら幸いです。

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 3月4日金曜日の朝は、比較的穏やかな朝だった。前の晩は、私がみんに付き添ってリビングのソファで寝ていた。夜中に何度か咳で苦しそうにしていたので、Jチューブ経由で薬をあげた。この晩はめずらしくトイレに行くとは言わなかった。それまでは夜中に何度も起きて、ベッドサイドのトイレに座っていたのに。

 普段の朝は、6時過ぎになると、私はケンのお弁当を作る。そのとき黙ってキッチンに行くと、みんは「ママ? ママ? どこにいるの? 何してるの?」と私を呼ぶので、あらかじめ、「ちょっとケンのお弁当を作ってくるからね。キッチンにいるから、必要があればいつでも呼んでね」と言う。そうするとみんは納得して「オーケー」と言う。ケンのお弁当を作って、朝ごはんを食べさせると、今度はケンを高校まで車で送っていく。そのときもみんに、「ちょっとケンを高校まで送って来るからね。すぐに戻るからね」と言う。そうするとみんはうつらうつらしながら「オーケー」と言う。
 ケンを送り届けて家に戻ると、今度はみんの朝の薬の時間。ただ、この日は金曜日だったけれどケンの高校はお休みだったため、私は朝から比較的ゆっくりみんのそばについていることができた。
 
 お天気の良い朝で、今朝はすがすがしいなぁと思いつつ薬の支度をした。みんの症状は日が経つにつれて変化していたので、このころには少し薬の数が減っていたのだけれど、それでも5種類を投薬。ベッドサイドの椅子にすわり、薬と水と小さなカップなどを用意し、シリンジに水を取ってまずフラッシュ。それから錠剤を砕いてよく溶かしてチューブに注入。また少しフラッシュ。それから次の薬。また少しフラッシュ…

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 もう3週間ほどこれをしていたので、私もすっかり慣れていた。慣れた手つきで薬を注入する私をみんは頼もしそうに見て、「こうしてママと一緒に作業していると、賢くなったような気がする(When I am working with you like this, I feel smarter.)」と言った。私はニコニコしながら、「そう? ママもみんと一緒にこうして頑張っていると、賢くなったように感じるよ。」

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 薬が終わって一段落したところで、午前9時半ごろだったろうか、電話が鳴った。イリノイ州の厚生局と提携している介護援助の派遣会社の人だった。こちらのニーズを聞いて、週に何日、何時間ナースやエイドを派遣したらいいかを確認するための電話だった。電話で話している最中、みんが背後で突然吐血した。私は慌てて、「すみません、娘が吐血したので、またあとでかけなおしてください」と言って電話を切った。みんは、ベッドの上で身体を起こし、もがきながらベッドから出ようとしていたので、みんの身体を支え、近くにあった嘔吐受け専用にしていたボウルをみんの顔の前にあてた。みんは激しく、大量に吐血した。受け損なった血が辺りにこぼれて、みんの顔や胸元、手は血まみれになった。タオルとお湯がほしい。でも、今はみんの背中から手を放すわけにはいかない。そこで二階でまだ寝ているケンに、携帯で電話をして助けを求めた。
 
 寝ぼけ眼で下りてきたケンは、異臭に鼻をおおった。「どうしたらいいの?」鼻から下を自分のTシャツで覆いながらケンが尋ねる。「洗面器にお湯をいれて、タオルを持ってきて。」みんは再び吐血した。

 すぐに持ってきてくれたものの、いわゆる「ドン引き」の表情をしている。無理もない。手伝ってほしかったけれど、この状態ではケンのトラウマになってしまうかもしれないと思い直し、「ありがとう、もう部屋に戻っていいよ」と言った。

 みんの顔や手をきれいに拭いて、Tシャツを着替えさせ、それから抱きかかえるようにしてベッドからアームチェアにみんを移動させた。酸素のチューブと痛み止めの点滴のチューブと、栄養を入れるJチューブがついているので、移動させるときは気をつけなければならない。アームチェアに大きなバスタオルを広げ、そこにみんを座らせると、ベッドシーツを取り替えた。それからホスピスの会社に電話をして状況を伝え、至急ナース(RN:Registered Nurse)を送ってくれるよう頼んだ。

 ナースは20分くらいで来てくれた。彼女が到着したころには、みんはとりあえず落ち着いていたけれど、それでもぐったりしているみんを見て、ナースの表情が固くなった。前回の短い入院から戻ってきて以来、介護援助のCNA(Certified Nurse's Aid) とLPN(Licensed Practical Nurse) はもう来なくなっていたので、ずっと私と夫が二人でみんの面倒を見ていたのだけれど、ナースは、少なくともこの週末の間はもう一度continuous careに戻しましょうと言った。continuous careだと、24時間体制でCNAとLPNが交代で来てくれる。二人だけでケアするのは大変だったため、厚生局に頼んで援助を送ってもらうよう手配を始めていたのだけれど、ホスピス会社のナースたちが来てくれるなら勝手もわかっているし心強い。

 ナースとそういう相談をしていたら、ドアベルが鳴った。先ほど電話で話していた介護援助派遣会社の人だった。ただならぬ気配を感じたため、駆けつけてくれたのだった。3人で、みんの介護の体制を整えるための相談し、ナースがあちこちに電話をかけている間、派遣会社の人(カーリンという名)と話していると、カーリンは、「みんのケアは、他の人を送るのでなく、私がやりましょう」と言った。私が「あなたはRNなのですか?」と聞くと、彼女は「はい、私はRNです。そして、クリスチャンです」と答えた。部屋のあちこちにある御言葉を見て、私たちがクリスチャンであると分かってそのように言ったのだろう。カーリンは続けて言った。「先ほどの電話のあと、神様から今すぐ行きなさいと言われているように感じたので駆けつけたのですが、ここに来てその理由がわかりました。神様はあなたがたと共におられます。私はキリストにあるあなたの姉妹です。ビジネスとしてではなく、姉妹として、あなたを手伝います。」そして、私の手を握りしめ、涙を流しながら祈ってくれた。とりあえずは、週末はホスピス会社派遣のLPNたちが来るけれど、来週からは彼女が自ら来ると言ってくれた。そして、ホスピス会社から送られてくるLPNが到着するのはこの日の夜からだと知ると、「とりあえず、今日の日中、あなたを助けてくれる人を今から連れてきます。信頼できる人がいますから、大丈夫です」と言って去っていった。そしてそれからわずか30分ほどで、別の女性(ベッツィー)を連れて、約束通り戻ってきた。「ベッツィーも熟練したナースで、しっかりしたクリスチャンです」と。

 カーリンもベッツィーも、まったくの初対面であるにかかわらず、驚くばかりの愛情とケアを見せてくれた。神様が送ってくださった人たちに違いない。みんも多少落ち着いて、ベッツィーと話をできるくらいにはなっていた。午後2時過ぎになり、先に駆けつけてくれたRNも「そろそろ帰るね」と家を出たそのとき、みんがまた激しく吐血した。ベッツィーがみんを支え、私がボウルとタオルを差し出し、それから私は外に飛び出して、まだそこにいるはずのRNに助けを求めた。彼女はすぐに戻ってきて、一緒に助けてくれた。胸のポートに挿している点滴の針を留めているテープの中にも血が入ってしまったため、そこも含めてもう一度みんの身体をきれいにした。そうやってきれいにしている最中にも、もう一度吐血。取り替えたばかりのTシャツとシーツがまた汚れてしまった。もし私一人だったら、どうしようもなかっただろうが、二人のプロが一緒にいてくれたので心強かった。それから私は仕事中の夫に電話して、今すぐ帰ってくるように頼んだ。そして、春休みで日曜日の午後に帰省予定のま〜やにも連絡して、フライトを今夜か明日の朝に変更できないか尋ねた。ま〜やはすぐに対応し、自分で土曜日の朝いちばんのフライトを取り直してくれた。エミはその日の夕方にシカゴに到着することになっていた。

 そうこうしているうちに、みんは再び落ちついてきた。右側の肺のカテーテルからドレインすると、この日も600mlの浸出液が取れた。うつらうつらしていたみんは、ふと目を開けると、あたりを不思議そうに見回してこう言った。「ここは、私たちが今行っている新しい教会なの?」私が「誰かが歌っているのが聞こえるの?」と尋ねると、みんは「うん」と答えた。私とベッツィーは顔を見合わせて、「みんは、今、神様の御臨在の中にいるんですね!」と言い合った。その場がなんとも言えない平安に包まれた。

 もう夕方になり、夜のLPNが来てくれる時間になったので、ベッツィーは帰っていった。帰る前に、もう一度私と手をつなぎ祈ってくれた。みんもちゃんとそれを聞いていて、最後にアーメンと言っていた。 

 そのうちみんは眠りに落ちた。しかし、鼻に入れている酸素のチューブが不快らしく、いつの間にか自分で外している。酸素チューブを外すと、あっという間に血中の酸素濃度が危険なまでに下がってしまう。病院と違って、ホスピスケアではそういったバイタルサインのモニターはしないので、私は脈拍と血中酸素濃度を自分で簡単に測れる器械を買って、ちょくちょくモニターしていた。本来なら90以上ないと危ないのに、60代くらいに下がっていて、酸素チューブを鼻に戻しても、ちっとも数値が上がらない。おかしいと思っていたら、なんと、チューブに酸素を送っていた酸素圧縮機がきちんと作動していないことがわかった。あわてて器具をレンタルしている会社に電話して、いそいで修理に来てください、と頼んだものの、「ほかにもやることがあるので、すぐには行けません」と言われた。こちらは命がかかっているのに! とりあえず非常用の酸素ボンベに繋ぎ直して急場をしのいだものの、ボンベも使い続ければ数時間で空になってしまう。今度はホスピス会社に連絡して事情を伝えると、オンコールのRNを送ってくれると言った。そしてそのRNは5分くらいで駆けつけてくれた。

 それまでぐったりしていたみんは、そのRNを見ると、なぜか目をぱっちり開けて、かなり普通に挨拶をした。このRNは、どうでもよさそうな、でも興味深い話をしてくれる人で、その日も面白い話をしてくれた。みんは「へえー」とか適当に(?)相づちを打ちながら聞いていた。RNはみんのバイタルを取り、それから酸素圧縮機もとりあえず作動するように直してくれた。そして、もっとちゃんとした部品と取り替えるから、と言って、いったん帰って行った。

 そのころにはエミも帰宅していた。その晩も、知らない人が私たちのためにディナーを作って持ってきてくれた。もう2週間も、毎晩友人や友人の友人である私の知らない人たちが、交代でディナーを持ってきてくれていた。エミが帰ってきて嬉しかったのか、ケンもめずらしく少しみんの部屋(リビング)で過ごした。ケンは、高校の来年のバンドのオーディションが激戦だという話をみんにした。するとみんは、あまりろれつの回らない口調で、でもはっきりとわかるように、「がんばって。ケンならできるよ。I'm believing in you」と言った。(これがみんからケンへの、最後の言葉となった。)

 また、みんは最後まで学校のことを心配していて、その晩も私に、「I don't think I can go to school tomorrow. I'm too sick」と言った。もちろん、意識が半分混濁しているからそんなことを言うので、私は「大丈夫よ、さっき学校から電話がかかってきて、明日はキャンセルになったって言ってたから。だから心配しないで平気よ」と言うと、みんは「そのボイスメールを聴きたい」と。(汗)ちょっと焦りつつ、「その電話はママが直接出て話したから、ボイスメールは残ってないの」と言うと、今度は、「どこの学校?」 私はとっさに「HF(みんたちの高校の名前)」と言うと、みんは、「私はもう高校生じゃないよ!」と。(大汗)なんでボケてるくせに、突っ込みだけは鋭いの?(苦笑)私は、「あれぇ?」と笑ってごまかした。みんは突っ込むだけ突っ込むと、また眠ってしまった。
 
 みんは浅くて早い呼吸をしながら眠りに落ちたり、ふと目覚めて何か言ったり、ときには苦しそうに悲鳴をあげたりしていた。エミは、「今夜は私もここで寝るから」と、ソファの上に毛布を広げていた。私は11時くらいまでは起きていたけれど、下の文章をフェイスブックに投稿すると、その晩は夫に任せて、もう寝ることにした。夫は今、学期末で、最後の授業と期末試験がまだ残っていたため、リビングでラップトップを広げ、みんのそばで仕事をしていた。この時点でのみんは、随分落ち着いているように見えたのだ。


Sachi Nakamura
 with Miho Nakamoe.
March 4 at 10:44pm · Homewood · 

Thank you so much for your prayers. I think your prayers carried her through today's crisis. Carried ME through, for sure.

Miho started to vomit bloody fluid this morning. She repeatedly vomited. She was turning pale and I thought I was losing her. Since I was alone, I had to ask Ken (he didn't have school today) to help me, but he was grossed out because of the bloody vomit and stench. I didn't want to traumatize him so I let him go back to his room. Then a nurse (RN) and an aid arrived. 

When throwing up finally subsided and we cleaned up Miho and helped her rest (it was already about 3 or 4 pm), she opened her eyes, and said, rather peacefully, "Is this a new church we are going now?" Surprised, I said, "Do you hear people singing?" She said,'Uh-huh" with eyes closed again. The aid, who is a Christian, and I looked at each other and said, "She is in the presence of the Lord!" This gave me tremendous peace and comfort.

She is now sleeping, though her breathing is labored and shallow. In her sleep she occasionally screams. Nurse said she might be hallucinating. Father God, give her a peaceful sleep.

Perhaps I can share more about what happened today later, let me say this for now: Even though I somewhat panicked at first, I felt the presence of the Lord every single moment, and I wasn't afraid. I hated to see Miho suffer in pain and discomfort, yet still I knew she was in the good hand of our Heavenly Father.

Please continue to pray that she would be relieved from pain and discomfort and that the Lord would keep her in His peace and let His life flow in and through her.

And, I am still praying for a miracle. Please join me!

May the Son of God be glorified through this! 

 とは言え、 ベッドに入っても、すぐには眠れない。階下からはみんの苦しそうな息づかいとうめき声が聞こえてくる。毎晩そうなので、この息づかいを聞きながら眠ることに慣れてきてはいたけれど、やはり気になる。それでも、どうやらいつの間にか私も眠りに落ちたようだった。

 しかし、長くは続かなかった。夜中の1時過ぎだったろうか、みんの叫び声で目が覚め、私は飛び起きた。「Help me! Help me!」みんが幻覚を見ているときの叫び声だ。リビングに駆けつけると、夜になってから来たLPNと、バイトが終わってから来てくれたマイケル(みんのボーイフレンド)が、吐血したみんを介抱していた。夫は血で汚れたタオルを握っていた。私はすぐに洗面器にお湯を汲み、きれいなタオルでみんの顔を拭いた。みんはベッドから逃げようとしてもがいた。「Help me! Please stop! Please stop!」力を振り絞ってみんが叫ぶ。私とLPNがみんを抑えようとすると、ものすごい力で押し返し、私の髪の毛をつかむ。私はみんの肩を抱きしめ、「大丈夫よ。パパもママもマイケルもここにいるよ。怖い人はだれもいないから、大丈夫。安心して!」するとみんは力をゆるめ、息も絶え絶えに「Okay...」と言い、私の腕の中に身体を預けた。ベッドから下りかけていたみんを、3人がかりでもう一度ベッドに寝かし、みんがベッドに寝ている状態で、シーツを取り替えた。シーツを取り替えるためにはみんの身体を寝かしたまま転がすように傾けなくてはならず、みんはそれが苦しくて再び叫んでいた。ようやくシーツも取り替え、Tシャツも着替えさせると、マイケルがやさしくみんの頭を両手に包み、自分の額をみんの額にあて「大丈夫だよ、大丈夫だよ」とささやいていた。そして、スポンジを水に浸して、血にまみれて黒くなっていたみんの口の中や唇や歯をきれいにしてくれた。「これからスポンジで口をきれいにするからね。口に何か入るけど、驚かないで。大丈夫だよ。きれいにするだけだからね、my dear」髪の毛は振り乱しているし、口元は血で赤黒くなっているしで、ヴィジュアル的にはかなりインパクトがある。加えて、肩で息をしているのだけれど、まだ血が喉にたまっているのか、呼吸するたびにうがいをするような音をたてる。しかも、目は焦点があわず、うつろに宙をにらんでいる。そんなみんを、マイケルは愛情深く、さも愛しそうに見つめ、頭をなでてくれるのだ。(涙)一方、夫はなぜか洗濯おじさんと化して、汚れたシーツなどを集めては、地下室に行ってせっせと洗濯機を回していた。愛情の表し方も人それぞれ、ということか…

 ようやくみんが落ち着いて眠りに落ちると、マイケルは、「では僕はそろそろ帰ります」と帰っていった。彼が上着を着て帰り支度をしていたときに、みんが吐血したのだそうだ。私は、「ありがとう。くれぐれも気をつけて運転してね」と言った。 夜中の2時半頃だったかと思う。みんも寝たので、私はその晩はもう大丈夫かと思い、再び二階に戻った。しかし、みんは寝たとは言っても、荒い息づかいははやり聞こえてくる。私はもう眠れなかった。

 やはりみんのそばに付き添おうと思ったそのとき、再びみんの悲鳴が聞こえた。私は飛び起きてリビングに駆け込んだ。みんが叫びながら上体を起こし、口を押さえている。私はベッドサイドに置いてある嘔吐受けのボウルをすぐにつかんでみんの口もとに当てる。ナースもベッドの反対側に立ってタオルをみんに当てている。しかし吐血量が多く、勢いも激しいのでどうしても飛び散る。2時間前と同じことの繰り返し。「Help me, please stop!」と叫びながらベッドから逃げ出そうとするみんを抱きしめるように押さえ、「大丈夫よ、パパもママもここにいるよ。イエス様もみんの手を握っているよ。悪い人はだれもここにいないから大丈夫よ」と落ち着かせる。

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(夫がいつの間にか撮っていた写真。タイムスタンプは3:43am と 3:44amだった。)

しかしみんは、なおもベッドから起き上がろうとする。「どうしたの? トイレを使いたいの?」みんは簡易トイレの腕もたれをつかんで立ち上がろうとした。これまでのみんは、弱っているとはいえ、支えてあげればまだ自分の足で立つことができたのに、このときは立ち上がろうとしたとたん、足元からくずおれるようにしてベッドの脇に倒れこんだ。私とナースと夫の三人がかりで持ち上げようとしたが、重い! 腕を引っぱったりしたら抜けてしまいそうで、なんとかみんの身体の下に私たちの手を入れて、1、2の3で持ち上げてベッドに寝かせた。くずおれたときのみんの表情が、大きく見開いている目の、その目線が宙を泳いでいたその表情が、私の脳裏に焼き付いている。みんの死が近づいていることを覚悟した瞬間だった。絶望が私を覆った。私は心の中で叫んでいた。

わが神、わが神、なぜ私とみんをお見捨てになったのですか?

  ガンになっても助かる人はいる。完治しなくても、ガンと共存しながら長生きする人もいる。死ぬにしても、安らかに眠るように亡くなる人もいる。それなのに、なぜみんは、21歳の若さで、ガンの診断を受けてから1年も経たないうちに、しかもこんなに苦しみながら、死に向かって突き進んでいるのですか…? あんなに大勢の人たちが、世界中で祈ってくださっているのに、癒しを確信し、ひれ伏して祈っていたのに、なぜこうなってしまうのですか? 私たちの祈りは、あなたの御前に何の意味もなかったのですか? My God, my God, why have you forsaken us!?

 しかしそのとき、私たちの苦しみが、十字架上のイエスの苦しみの中に包み込まれ、御父に見放されたかのように感じる苦しみの中で、愛するイエス様と一つにされたような気持ちになった。そして、イエスを見下ろしておられた御父の愛と苦悩に満ちた視線が、私たちの上にも同じように注がれ、イエスのためにきっと流されたであろう御父の涙が、私たちのためにも流されているように感じた。
 
 そう感じたとき、私は気を取り直して、なおも大逆転を祈りながら、とにかくまだ生きて頑張っているみんに私の全身全霊を傾けることができた。 数時間前と同じように、みんをベッドに寝かせ、シーツとTシャツ、枕と枕カバーを取り替え、少しでもみんが楽になるような姿勢を取らせる… みんは入院する前からずっとパパの大判のTシャツをパジャマ代わりに着ていた。みんは子供のころから、パパのシャツが大好きだったのだ。Tシャツは頭からかぶせるように着せるのは大変なので、背中側を縦に切って開いて、前からかぶせるように着せるという裏技をナースが教えてくれた。
 
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(まだ入院していた頃。パパのTシャツにくるまって眠るみん) 

 このころになると、ソファで寝ていたエミも起きてきて、私、夫、エミがベッドの回りを取り囲んでみんの手を握り、みんに励ましの声をかけ、みんを見つめていた。ま〜やのボストンからのフライトが朝8時5分に到着するので、当初の予定では夫が迎えに行くはずだったが、この状況では夫に出かけてもらうのははばかられた。と言うより、私たちはみんのそばを離れてはいけないと思った。そこで、まだ午前4時だったけれど、Facebookに「だれか、ま〜やをミッドウェイ空港まで迎えに行ってくださる人はいませんか? 朝8時5分到着予定です」と投稿した。日本の人はすぐに見てくれただろうが、地元の人が見てくれないと話にならない。しかしまだ午前4時… 6時になる頃までには誰かが見てくれるかなと思ったのだけれど、なんと投稿してから40分後、以前の教会で親しかったリサが、夫のゲーリーと二人で迎えに行ってくれるとコメントしてくれた。ハレルヤ! リサとゲーリーなら安心して任せられる。リサは後に、ふだんはこんなに早起きしないし、こんな時間にフェイスブックは見ないのだけれど、きっと神様がそうさせたのだと思う、と言っていた。

 相変わらず苦しげに浅い呼吸をしているみんに、「ま〜やももうすぐ帰ってくるよ!」と声をかけた。パパは、寝ているケンを起こしてリビングに連れてきた。「ケンちゃん、お姉ちゃんに、I love youって声をかけてあげて!」私がそう言うと、ケンは口ごもりながら小さな声で「アイシテルヨ」。こんなときに照れててどうするよ!「もう〜、それじゃあ聞こえないよ。じゃあ、お姉ちゃんの手を握ってあげて」すると今度は、人差し指一本を伸ばし、ちょこんとみんの手に触れるだけ。やれやれ。でも無理強いするわけにはいくまいと思い、それ以上言うのは止めた。

 そのころ、シカゴはまだ早朝だったけれど(多分午前5時頃)、日本はちょうど夜の早い時間だったので、そうだ、日本のおじいちゃんとおばあちゃんに電話をしよう!と思いついた。そして、私の母と父にそれぞれ電話をした。みんは言葉で返事はできなかったけれど、おじいちゃんとおばあちゃんの声を聴いて、二人が「愛しているよ!」と言ってくれたのを間違いなくわかったと思う。おじいちゃんとおばあちゃんの声を聴いたとき、みんの喘ぎ声のトーンが変わって、なんとかコミュニケートしようとしているのが伺えた。それは、おじいちゃんとおばあちゃんにも伝わったと思う。

 その後、みんの顔色は青みがかった真っ白になっていて、もはや意識があるかないかも分からず、とても話ができるような状態ではなかった。しかし、ある時点で急にぐっと上体を起こし、かなりはっきりとした口調で、「I love you」と私たちに向かって言ってくれた。そして、残っている力を振り絞るかのように、青白い顔で、にっこりと微笑みかけてくれた。必死で笑顔を見せようとしてくれているのが分かった。私もパパもエミも、泣きながら「美穂ちゃん! 美穂ちゃん! We love you, too! We love you!!」と叫んだ。ケンは少し離れたところで泣きじゃくっていた。私はマイケルに連絡しなくちゃと思って電話した。まだ6時前だったけれど、連絡すべきだと思って連絡した。マイケルはすぐに電話に出て、今から向かいますと言ってくれた。

 私たちが一生懸命みんを励ましていると、みんはあたりを見回して、再びかなりはっきりとした口調で、こう言った。「Where is Michael?」

 私は、「マイケルには電話したよ。今こっちに向かってるから。もうすぐ来るから。それまで頑張って!」それを聞くと、みんは納得したように目を閉じ、荒い息のまま再びうとうととした。私たちは、「美穂ちゃん、マイケルとま〜やが到着するまで、まだ行かないで! まだ眠ってしまわないで!もうすぐ来るから。もうすぐ帰ってくるから!」と何度も励ました。

 顔は怖いほどに青白く、手も冷たくなってきたけれど、夫が「温めたらいいかもしれない!まだ諦めるな!」と叫んだので、私も、そうだ、諦めちゃだめだ!と思い、手ぬぐいをお湯でしぼって、みんの顔に当ててあげた。みんは気持ちよさそうにしていた(と思う)。パパやエミは、みんの手をさすっていた。

 マイケルは電話をしてから一時間経たないうちにうちに到着した。私がマイケルに、「みんに声をかけてあげて。話かけてあげて」と言っても、彼はしゃくりあげて泣いてしまって、「ミホ、ぼくだよ」としか言えなかった。
 
 私たちは「ま〜やが来てないから、まだ行っちゃだめよ! もうすぐだから。みん、頑張って!」と励まし続けた。みんには反応できなくても、こちらの声は聞こえているはずだと思い、皆んなで交互に過去の楽しかった話をいろいろした。「美穂ちゃん、あんなことがあったね、こんなことしたね。楽しかったね! 美穂ちゃんは本当に可愛かったね。賢かったね。良い子だったね! みんは本当によく頑張っているよ。強くて、優しくて、compassionateで、パパとママと家族皆んなの誇りよ!We love you so much!」「美穂ちゃん、あなたはこれで終わりではないから。いったんイエス様のところに行って、苦しみは全部取り除いてもらって、御腕の中で優しく守られて、それからイエス様がこの地に戻ってきて神様の国を完成させてくださるときに、美穂ちゃんも新しい栄光の身体をいただいて、一緒に戻ってくるのよ! そのころまでには、ママもパパも皆んな美穂ちゃんがこれから行くところに行っていると思うから、皆んなで一緒に蘇るよ! 新しい身体をもらって皆んなで蘇るよ!」私はこれをみんだけでなく、マイケルにも、そしてエミやケンにも聴いてほしくて語っていたのかもしれない。多分みんは、このことはすでに分かっていたはずだと思うし。


 8時12分にリサから「今ま〜やをピックアップしました、そちらに向かいます。あと30分よ!みん、頑張って、あと30分!」と連絡が入った。ま〜やは8時45分には家に帰り着いた。

 ま〜やが部屋に入ってくると、みんは声は出せなかったものの、目を開けて反応していた。ま〜やが帰ってきたことは分かったのだと思う。ま〜やも泣きながらみんの手を握って声をかけた。家族全員、マイケル、そしてウィルソンもみんのベッドを取り囲み、みんを見守った。

 ま〜やも帰宅してしばらくすると、それまでのみんの息の荒さが落ち着いてきて、普通に眠っているかのようになった。ずっと握っていたみんの冷たい手が、いつの間にかポカポカと温かくなっていた。このまましばらく寝て、数時間したら何事もなかったかのように起きるのではないか、そんなふうにさえ思えた。

 この頃には、皆んな疲れが出てきていた。夫も徹夜したし、マイケルも夜中に帰宅してから結局眠れなかったそうだし、ま〜やもボストンを朝4時発だったため、寝過ごさないように友達に付き合ってもらって徹夜したのだそうだ。ま〜やはみんのベッドの足元に突っ伏して寝てしまっていたし、夫もソファに倒れ込んで寝てしまった。ケンも部屋のすみで寝ていた。マイケルも椅子にすわってぼんやりしていたので、「みんは落ち着いているみたいだから、今のうちに少し寝てらっしゃい。みんの部屋のベッドで寝てらっしゃい」と言うと、素直に二階に上がっていった。
 
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(皆んながベッドの回りから離れたのをこれ幸いとばかりに、みんのベッドの上で丸くなって眠るウィルソン。ウィリーがみんと寝たのはこれが最後になった。午前10時ごろ)

 私もこの時点でちょっと一息ついた。これで一山越えて、何とか持ちこたえてくれるのではないかという期待もあった。二階のマイケルの様子を見に行くと、彼はみんのベッドの上で、みんの枕を抱きしめて嗚咽して泣いていた。(涙) 
 
 しかしこのあと、11時頃、再びみんが吐血した。夜中のときほどひどくはなかったものの、みんが苦しんでいることには違いない。家族も全員揃っているし、もうこれ以上、みんに頑張らせるわけにはいかないのだろうと思った。神様がこの場で劇的に癒してくださるのでなければ、たとえ生きている時間を引き延ばしても、結局、吐血と錯乱をくり返すだけなのであれば、あまりにも可哀想だ。それならむしろ、このまま安らかに御元に連れていってあげてくださいと祈らずにはおれなかった。

 私はみんの点滴のチューブを引っぱらないように気をつけながら、みんのベッドによじ上った。そしてみんの隣に座り、私の右腕をみんの肩に回してみんを抱いた。みんは左手を私のひざの上に乗せた。頭を心持ち私に寄りかからせるようにしながら、ぜいぜいと荒い呼吸を続けていた。このころになると、寝ていた皆んなも再び起きて、全員ベッドの回りに集まっていた。ケンだけは、ちょっと離れたところにいたけれど…
 
 目を閉じて苦しそうに下顎呼吸するみんは、寝ているのか起きているのかもあまりよくわからなかったけれど、私たちは静かにみんに語りかけ続けた。 時々、言葉が止まって、皆んなでじっとみんを見守った。そして、多分、息を引き取る10分くらい前だったろうか、みんが声を出した。最初は小さなな声で弱々しく「アイ アウ ユー」と、そして、次はもっと大きな声で、弱りきった身体に残っている力のすべてを振り絞るようにして、ほとんど怒鳴るかのように、「アイ アウ ユー、アイ アウ ユー!」と。

 私たちは顔を見合わせて、「I love you? 美穂ちゃん、今、I love youって言ったの? We love you, too, 美穂ちゃん! We love you, too! We love you! 美穂ちゃん、I love youって言ってくれてありがとうね。苦しいのに、そう言ってくれてありがとうね。私たちも、I love youだよ!」
 
 そして、私たちはみんを見守った。時折そっと語りかけながら、みんを見守った。 私の腕の中にいたみんは、だんだん呼吸が遅くなった。そして最後に三度、ゆっくりと長い呼吸をした。(あるいは短い呼吸を間隔をあけて3回したのかもしれない。)そしてそれまで動いていた肩が止まり、首が前のめりになった。私は腕の中のみんの肩をギュッと引き寄せて、「美穂ちゃん? 美穂ちゃん?」と顔を覗き込みながらみんを呼んだ。もう、反応はなかった。それまでは、私の腕の中にいたといっても、力を込めて抱きしめたら痛いだろうと思い、そっと抱いていたのだけれど、そのときには、力を入れて抱き寄せた。隣の部屋にいたCNAが聴診器を持ってきて、みんの胸に当てた。そして「Her heart is stopped」と言った。

 私が、「今、何時?」と誰にともなく聞くと、マイケルが「12時52分」と言った。まだ昼間だったのか、と驚いた。もう夕方のような気がしていた。 

 3月5日 午後12時52分。みんが主のもとに召された。

 私の腕の中に抱いていたみんの頭を、枕の上にそっと置いた。ま〜やとケンは泣きじゃくっていた。エミは目を赤くし、マイケルはヒクヒクとしゃくりあげていた。 私たちは一人ひとり、みんに、「ありがとう、I love you」と告げた。夫と私は、「We are so proud of you. Well done, our beloved daughter. We love you」と告げた。


 
死は今なお、私たちにとって最大の敵である。悪魔は死をもって私たちを圧迫してくる。しかし、初穂であるイエスが死者の中からよみがえられたゆえに、私たちもまた、同じように朽ちない身体を着てよみがえらされる日が来るのだと知ることができる。そのときには、死は勝利に飲まれる。(cf:第一コリント15:54)

 みんは、本当に最期までよく頑張った。彼女の闘いは華麗だった。 感謝の言葉と愛の言葉で貫かれていた。もちろん時には痛みや悲しみゆえにかんしゃくを起こしたときもあったけれど、それでも、みんはいつも感謝と愛と憐れみの心で満ちていた。葬儀に来てくれた大勢の友人たちも、それを証ししてくれた。この地上での最期の言葉が「I love you」だとは、実にあの子らしい。苦しみのただ中からなおも愛を告白できるところは、幼児のころから少しも変わっていないのだ。(
こちら参照)敵は、みんに神様を呪わせ、親を呪わせ、この世の中を呪わせたかったのだろう。何とかみんに、いのちではなく呪いの言葉を吐かせようと、苦しみを与え続けたのかもしれない。しかし彼女は屈しなかった。苦しみを苦しみとして受け止めつつも、自分の肉体の弱さを受け入れつつも、決して屈しなかった。そして、この地での最期を「I love you!」と叫ぶことで締めくくった。敵はさぞかし悔しがったことだろう。イエスが十字架の上で赦しの言葉を語ったように、みんは病の床の淵から愛の言葉を語った。たとえ肉体は死んでも、みんはこの闘いに勝ったのだ。イエス様もみんに、「Well done!」とおっしゃっておられることだろう。

 みん、あなたの闘いを通して私たちにたくさんのことを教えてくれてありがとう。I am so proud of you. そして、ママもあなたを愛してるよ。一緒によみがえろうね。

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