腸ろう(J-tube)が無事に装着され、うまく行けば土曜日には退院できると言われたものの、みんが発熱し、感染症の疑いが出たため、退院は延期になった。今は抗生物質を摂っている。感染症といっても、命をおびやかされるようなものではなさそうで、とにかく抗生物質を使って落ち着くのを待つ感じ。
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J-tubeのポンプ

 これが落ち着けば、今度こそ退院。自宅でケアするためのナースも来てくれることになっている。
 腸ろうは、夕べから始まり、まずは少しの量を時間をかけてゆっくり入れながら様子を見る。そして約1日かけて、ターゲットの分量を摂取できるようにする。最初のうちは、ゆっくり入れるため、ほぼ24時間つなぎっぱなしになるが、最終的には、夜休んでいる間に摂取して、日中はチューブにつながれなくてもいいようになるのが目標らしい。チューブにつながれていると、身動きできないので。
 ようやくこの子の身体に栄養が入り始めたと思うと嬉しい。入れるものは、栄養がバランスよく調合されたフォーミュラ(赤ちゃんが飲むミルクみたいな感じ)。これで栄養をつけて、体力が回復しますように。また、身体の痛みのせいで夜よく休めないことも体力消耗につながっているので、夜ゆっくり眠ることができますように。今日は、お腹に痛みがあるので、これからお腹のCTスキャンをする。昨日は、呼吸が浅かく心拍数が高いので胸部のレントゲンを撮った。レントゲンは異常なし。 心拍数が高いのは、今日も続いている。そばにいると、彼女の苦しそうな息づかいに切なくなる。

 みんの看病で、クラスを続けて休まざるを得ない状況になっているが、私のグループのリーダーがこんな引用を送ってくださった。

 私は、何年も前にラビからこの祈りを学んだ。…(中略)…ユダヤ教徒は神の御名を口にしなかった。しかし口と喉で神の名を呼吸していた。息を吸い込みながら「Yah」、吐きながら「weh」という具合に。呼吸することによって、神の御名を口にするのである。とすれば、私たちがこの世に入り、去って行くとき、最初の言葉と最後の言葉は神の御名だということになる。口を開け、舌をリラックスさせ、音節を呼吸する。「Yah」で吸い込み、「weh」で吐く。黙想のとき、だいたい20分くらいだろうか、この呼吸を基本とすると良い。まず、神の御前にいたい、神に自分の全存在、全意識を集中させたい(presentでありたい)というあなたの願い、あなたの意図を意識するところから始める。そして、ゆっくりと、深く、自然に呼吸する。吸って、吐いて、「Yah-weh」。音節をあまり意識しすぎず、沈黙の中に落ちていくように。もし何らかの思い、感情、感覚がやって来たら、ただそれがやって来たことだけを認め、そこにとどまらないようにする。そして、ただ「Yah-weh」と呼吸することに戻ろう。何度となく注意がそがれるかもしれない。黙想している間中、何らかの感覚があなたの注意を引こうと騒ぎ立て、ちっとも集中できないかもしれない。観想とは、実にへりくだらされる修練である! しかし、やって来る邪魔の一つひとつが、もう一度神の臨在の中に戻っていくための、新たなる機会なのだ。(リチャード・ローア)

 Yah-weh、Yah-weh… 私の呼吸そのものが、主の御名を呼び求める声となる… 呼吸しながら、神の御臨在の中に入っていく…