レクツィオ・ディビナ が御言葉を読むことを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けるのに対し、ヴィジオ・ディビナでは、画像などを見ることを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けます。
 レクツィオ・ディビナが「聖なる読書」なら、ヴィジオ・ディビナは「聖なる注視」と言えるでしょうか。東方教会では、イコンを使った祈りを何世紀にもわたりにずっと行ってきました。

 用いる画像は、 宗教画でも、それ以外の絵画でも、写真でも、イコンでも、あるいは彫刻などの芸術作品やオブジェ(物体)、または風景の一場面でもかまいません。

 ヴィジオ・デビナは、次のステップをとります。

  1. 注視するものを選びます。かりに、絵を見るとしましょう。心を静め、これから見るものを通して主が語りかけてくださるように、一言祈ります。
  2. <ヴィジオ>まず、その絵全体を見ます。そこに描かれているもの、色、筆使い、構図など、1〜2分かけてそこにあるものをすべて見るつもりでさーっと眺めます。
  3. <メディタツィオ>次に、さらに深く見ていきます。先に全体をさーっと見ていたとき、特に目が留まった部分、目に飛び込んできたように感じた部分はあったでしょうか。その部分をもう一度じっくり見つめましょう。見ているものに対して、自分はどこにいるでしょうか。離れて見ているでしょうか、絵の中の一部にいるでしょうか。どんな感情や感覚が呼び覚まされるでしょうか。どんな思いが心に湧いてくるでしょうか。その絵を見ながら、思い起こされること(もの、人、出来事など)はあるでしょうか。気づかされることはあるでしょうか。イエス様はそこにおられるでしょうか。
  4. <オラツィオ>自分が見たものに対して、また3で心に湧いてきたことについて、祈りで神様に応答しましょう。感謝の祈りかもしれません。とりなしの祈りかもしれません。告白の祈りかもしれません。
  5. <コンテンプラツィオ>主の御臨在の中でしばらく安らぎます。主の愛を受け取り、味わいます。

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放蕩息子

ヘンリ・ナウエンの「放蕩息子の帰郷」は、ナウエンがレンブラントのこの名画を用いて祈ったことを本にしたものだそうです。