「呼吸の祈り」とは、自分の呼吸に合わせて祈るシンプルな祈りですいつでもどこでも祈ることのできる単純な、それでいて力強い祈り方です。パウロが「絶えず祈りなさい」と言ったとき、彼が想定していたのはこのような祈りだったのかもしれません。

 歴史的には、紀元5〜6世紀の「砂漠の師父」たちの間で祈られていた、Jesus Prayerと呼ばれる祈りにまでさかのぼるといわれます。


Lord Jesus Christ, Son of God, Have mercy on me, a sinner.
 

 東方教会の伝統では、教父たちはこれを呼吸のリズムに合わせていつも祈っていたと言われるそうです。

 呼吸の祈りは、短い二つのフレーズの組み合わせからなります。息を吸い込みながら最初のフレーズを唱え、吐き出しながら二つめのフレーズを唱えます。声に出しながらではあまりうまくいかないので、心の中で唱えるとといいでしょう。たとえば、Jesus Prayerであれば次のようになります。

 (息を吸い込みながら)主よ…
 (吐き出しながら)あわれんでください…

 ゆっくりと呼吸(
pneuma)に合わせて祈ることで、私の内に住まわれる聖霊(Pneuma)を意識することができます。私を慰め、励まし、力を与え、教えてくださる聖霊が、私と共にいてくださることを意識します。(厳密に吸って吐いてのタイミングに祈りのことばを合わせることを、意識しすぎなくてもかまわないそうです。)

 呼吸の祈りで実際に祈るフレーズに、決まりはありません。 

 エリコで目の不自由なバルテマイとイエスとのやりとりを思い出してみましょう。バルテマイはイエスに向かって叫びました。
「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」。イエスは彼に尋ねられました。「わたしに何をしてほしいのか」。
 イエスがあなたに「わたしに何をしてほしいのか」と優しく問いかけている場面を想像してみてください。あなたは何を求めますか?

 「主よ、あわれんでください。」
 「主よ、助けてください。」
 「主よ、ともにいてください。」
  
 また、短い御言葉を選んで、それを黙想するときの祈りとしてもいいでしょう。
 たとえば、「主は私の羊飼い。私には乏しいことがありません」という一節に思いを巡らせながら、呼吸に合わせて祈ります。

主は私の羊飼い… と心の中で言いながら大きく息を吸い込む。そして、
私には乏しいことがありません… と言いながら、ゆっくりと息を吐く。 

 この御言葉を味わいながら、羊飼いと羊のいる
緑の牧場の情景を思い浮かべながら、主の御臨在にゆっくりと浸ります。

 Breath in
... breath out...

主は私の羊飼い…
私には乏しいことがありません

 あるいは、この御言葉。何度も、ゆっくりと。

わたしが与える水を飲む者は…
渇くことがありません…
 (ヨハネ4:14)

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 一日を通して、思いを神様に向け続けるために祈るのでもいいでしょう。不安なとき、パニックしそうなときに、深呼吸に合わせて祈るのもいいでしょう。深呼吸するときは、ゆっくりと胸いっぱいになるよう鼻から息を吸い込み、口をすぼめて口からゆっくり吐き出します。
肺の中の空気をすべて吐き出すつもりで、吸った時よりも吐く時が長めになるよう意識してください。霊的修練として、一日の中で5分、10分と決めて、集中して呼吸の祈りをするのもいいでしょう。

 他にも、いろんなフレーズで祈れます。たとえば…
 
Holy Spirit...
Renew me...

I consent...
to You...

あなたこそ…
わが主です…  

しもべは聴きます…
お語りください… 

これはブレナン・マニングがよく祈っていたというbreath prayer。
 
Abba...
I belong to You...


  呼吸の祈りは、単純で簡単なのにとてもパワフルな霊的修練です。混乱しているとき、不安なとき、疲れているとき、
私たちの思いのフォーカスを神様に向け直し、魂を生き返らせてくれます。


山﨑ランサム和彦先生によるこちらの記事もご参照ください。

 (revised 3/13/2018) 


リチャード・ローアというカトリックの司祭は、ヤーウェの祈りという呼吸の祈りを紹介しています。

私は、何年も前にラビからこの祈りを学んだ。…(中略)…ユダヤ教徒は神の御名を口にしなかった。しかし口と喉で神の名を呼吸していた。息を吸い込みながら「ヤー」、吐きながら「ウェ」という具合に。呼吸することによって、神の御名を口にするのである。とすれば、私たちがこの世に入り、去って行くとき、最初の言葉と最後の言葉は神の御名だということになる。口を開け、舌をリラックスさせ、音節を呼吸する。「ヤー」で吸い込み、「ウェ」で吐く。黙想のとき、だいたい20分くらいだろうか、この呼吸を基本とすると良い。まず、神の御前にいたい、神に自分の全存在、全意識を集中させたいというあなたの願い、あなたの意図を意識するところから始める。そして、ゆっくりと、深く、自然に呼吸する。吸って、吐いて、「ヤー ウェ」。音節をあまり意識しすぎず、沈黙の中に落ちていくように。もし何らかの思い、感情、感覚がやって来たら、ただそれがやって来たことだけを認め、そこにとどまらないようにする。そして、ただ「ヤー ウェ」と呼吸することに戻ろう。何度となく注意がそがれるかもしれない。黙想している間中、何らかの感覚があなたの注意を引こうと騒ぎ立て、ちっとも集中できないかもしれない。観想とは、実にへりくだらされる修練である! しかし、やって来る邪魔の一つひとつが、もう一度神の臨在の中に戻っていくための、新たなる機会なのだ。(リチャード・ローア)
(revised 3/12/2019)