二日前、用事でシカゴ大学へ行ったときのこと。時間があって、1時間くらいキャンパス内の路上に停めた車の中に座っていた。

 やはりこの時期になると二年前のことが克明に思い出される。特に、シカゴ大学へ行く道のりは、どの景色を見ても、「あのとき」のことが思い浮かぶ。車の中で、苦しくなって、「みんに会いたいです。リアルに会いたいです」そう祈った。

 「今日、家に帰ったら、みんがいますように。でも、もし本当にみんがいたら、それはそれでヤバイというか、怖いかもしれないですね… でもリアルにみんに会いたいです。ヤバくないような形で、みんとリアルに会わせてください」

 そう祈っていた。もう、自分が何を求めているのかすらわからないような、無茶振りの祈り。

 帰宅すると、やはりみんはいなかった。「やっぱりいないんですね…」私はつぶやいた。いないのが当たり前なので、特に失望したわけではなかったけれど、どうにも切なかった。

 そしたら昨夜、みんが夢に現れた。元気なみんで、私が「みんちゃん!」と手を広げると、私の腕の中に飛び込んできた。そのとき、一瞬、みんは天を指差した。私は夢の中でも、「ああ、これは生前のみんではなく、天にいるみんなんだ」と思ったことを覚えている。

 私の腕の中に抱きしめたみんは、しっかりと手応えがあった。
 みんは私に、「髪の毛結んで」と言った。
 「どういうふうに?」と聞くと、「ここ」とサイドの部分の髪の毛を自分でつまみ上げた。
 「こう?」と聞きながら髪の毛をとかして毛束を分けると、「そうじゃなくて」と注文をつける。

 私の記憶では夢はそのへんで終わったのだけれど、目覚めてから「夢の中のみんは相変わらずちょっと偉そうだった」と思ったら、いかにもあの子らしくて、思わず笑ってしまった。

 そして、二日前の無茶振りの祈りを思い出した。「おお、リアルな夢とは! 本当にみんが家に帰ってきたらやっぱりビビるけど、リアルな夢ときましたか。神様のなさることって、けっこう常識的だったりするのね」と、笑いながら涙が溢れた。

 そのあと、そもそもなぜこんな無茶苦茶な祈りをしたのか、思い出した。二日前のあのとき、私は車の中で聖書を読んでいたのだった。マタイの福音書21章22節。「あなたがたは、信じて祈り求めるものは何でも受けることになります。」この箇所を読んで、思わず、「では信じて求めます。リアルなみんに会いたいです。家に帰ったらみんがいますように」などという、大胆というか、無茶苦茶な祈りをしたのだった。大胆に祈ったわりには、「ヤバくないような形でみんと会わせてください」と付け加えた私に、神様はこうして見事に応えてくださった… リアルな夢という、非常に常識的(?)な形で。(笑)

 常識的で、ある意味想定内とも言えるけれど、涙が止まらない。リアルなみんに会えた嬉しさもそうだけど、こんなふうに、駄々をこねるかのような無茶振りの祈りにも、神様が応答してくださったから。神様は、いつもいつもこんなふうにわかりやすく応えてくださるとは限らないけれど、今回はこのようにしてくださった。嬉しい。ありがとうございます。


 以前だれかが、私たちが死別した愛する人を恋しく思うとき、それは愛する人もまた、天で私たちのことを恋しく思っているサインなのかもしれないですよ、と私に言ったことがあった。私はそれを聞いて、「冗談じゃないです! みんは私のことを恋しく思ってくれなくていいですよ! 私がこんなにみんを恋しく思うのと同じくらい、みんが今私のことを恋しく思っているのだとしたら、あまりに可哀想です。いいんです、みんは私のことなど恋しく思わなくて。イエスさまのもとでゆったり気持ちよく安らいでいてくれれば、それでいいんです」と言った。

 イエスさまのもとにいるみんは、地にいる私たちには見えないこと、わからないことも、見えるようになったに違いない。彼女にとって、やがて来る新天新地の完成は、地にいる私たち以上に、ものすごくリアルな希望であるはず。だから彼女は、後ろを振り返って以前のいのちを恋しがったりすることはないだろうと思う。それは、彼女が私たちのことをもう忘れてしまったという意味ではなく、きっと彼女の目は、将来この地に完成する新天新地で、私たちと再会するときのことを見ているはずだ、ということ。と同時に、今はまだこの地にいる私たちが、この地にいる間に召されている働きに励むことができるよう、きっと祈りつつ応援してくれているのだと思う。

 夢の中でさっと天を指差したみんの笑顔。忘れない。あれはきっと、神様からのサイン。

上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。あなたがたはすでに死んでいて、あなたがたのいのちは、キリストとともに神のうちに隠されているのです。あなたがたのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに栄光のうちに現れます。(コロサイ3:2−4) 

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雪の中で遊ぶ今朝のウィルソン。何を見つけたのやら…