昨日は、私のスピリチュアルディレクションのセッションがある日だった。そのとき、私のディレクターに、「How are you entering into this Advent?」と聞かれた。

 GriefとGratitudeの両方をホールドするということが、どうも今の私にとってのテーマのようなので、そのことに思いをめぐらしつつアドベントに入っていきたいです、と答えると、それではアドベントの期間中、毎日Examen(意識の糾明)をして、一日のうちでどこに悲しみを感じることがあったか、またどこに感謝を感じることがあったか、そしてそれぞれのときに神様がどのようにpresentであったか、思いをめぐらして、書き留めてみるといいかもしれませんね、と勧められた。 

 実は、感謝に集中したExamenは1ヶ月ほど前から実践し始めていたのだけれど、そこにグリーフも入れるとは考えなかった。なるほど。

 昨日のセッションの中で、「では今、早速やってみましょう」と言われ、一昨日のことに思いを巡らせた。

 朝8時半からジムに行ってトレーニングして汗をかいてきたこと。私のパーソナルトレーナーはアルゼンチン人の明るいおじさんで、去年の夏の終わりから彼と一緒にトレーニングをするようになった。この1年半、彼のラテン系のノリの明るさに、どれほど助けられたかわからない。

 そのあと、帰宅してシャワーを浴びてから、今度は大学病院へ行って胸部レントゲンを撮ってきた。大学病院はみんの思い出がありすぎて、右を見ても、左を見ても、どこを見ても、みんの姿が見えてしまう。あの待合室の椅子にみんと座った。あのカフェでみんとランチをした。あの通路をみんと歩いた。あのエレベーターにみんと乗った… 切ない思い出。でも、みんと過ごした宝物のような時間。しかも、みんと一緒だっただけでなく、イエス様もいつも私たちと一緒だったのだ。あの待合室でも、あのカフェでも、あの通路でも、あのエレベーターでも…

 そして、一昨日の大学病院訪問では、昨日のブログでも書いたように
みんが残した薬の処分という、大きな一歩を踏み出すことができた。これは私にとって、記念できる出来事だったと思う。

 これまで握り締めていたものを手放すことで、今度は新しいものを受け取るためのスペースができる。一つの終わりは、次の新しいことの始まり。失うことは、得ること。

 ウォルター・ブリュッゲマンも『預言者の想像力』の中でこう言っている。

“The riddle and insight of biblical faith is the awareness that only anguish leads to life, only grieving leads to joy, and only embraced endings permit new beginnings.”
(苦悩だけがいのちへと導き、悲嘆だけが喜びへと導き、終わりを受け入れてはじめて新しい始まりが起こります。このことに気づかせてくれることこそが、聖書の信仰の持つ謎であり、洞察です。 鎌野直人訳) 

 感謝なことと痛みを感じることの両方が、一日の中にも、一つの出来事の中にさえも、混在している。either/orではなく、and/both。

 イエス様が生まれたとき、旧約の預言が成就された。なんと喜ばしいことか。しかし、その成就を恐れたヘロデ王が二歳以下の男子は皆殺せという命令を出したために、マリアとヨセフは幼いイエスを連れてエジプトへ逃げなければならなかった。これは、当事者にしてみればさぞ大変なことだっただろう。イエスの誕生のストーリーにも、喜びと痛みが混在していたのだ。 

 先日ブログにも書いた沈黙のリトリートで、湖のほとりを歩きながら、二つの相反する感情が同時に自分の心に迫ってくるのを体験した。私の心にも、またこの世の中にも、こんなにも深い痛みがあるのに、痛くて叫び出したいほどなのに、それと同時に、神さまの造られた世界はこんなにも美しくて、その美しさに感動して叫び出したくなる… 美しい景色を見渡しながら、God! My heart is aching so much! But God! It is so beautiful. Your created world is just so beautiful! 思わず声に出して、私は神様にそう言ったのだった。

 そのことを今日もう一度思い返し、そうか、神様もまた、「すでに」と「いまだ」の間にあるこの被造世界において、the uglyとthe beautifulの両方をホールドしておられるのだ、と思い至った。

 だから、私は待つ。
 悲しみと感謝の両方をホールドしながら
 イエス様が人となって最初に来てくださったことに思いを馳せつつ
 イエス様が再び戻ってこられて新天新地を完成してくださる日が来るのを。
 主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たす日が来るのを
 そして、みんと再会する日が来るのを。
 

 アドベントは「待つ」ことを実践する季節。 

 How are YOU entering into this Advent?

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数日前の朝焼け