秋は、壮麗な美しさの季節だ。しかし同時に、衰退の季節でもある。日はだんだんと短くなり、日光は弱まり、夏の豊かさが冬の死へと向かって衰えていく。手を放すというプロセスに直面し、自然は秋になると何をするだろうか? 種を撒き散らすのだ。春に新しい成長をもたらすために。しかも、驚くほど大胆に撒き散らす。

生きることは死んでいくことのうちに隠されているという、この希望に満ちた概念は、秋の輝くばかりの景観によっていっそう強められる。死と手放すことの季節を、こんなにも鮮やかな彩りで描くことを思いつく画家がいるだろうか。自然が最初にお手本を見せてくれればこそだ。死には私たちに見ることのできない美があるのだろうか? 死を恐れ、醜悪としか思えない私たちには見えない美が? 死は優雅でもあるものだという秋の証を、どのように理解しようか? (パーカー・パルマー)

Autumn is a season of great beauty, but it is also a season of decline: the days grow shorter, the light is suffused, and summer's abundance decays toward winter's death. Faced with the process of letting go, what does nature do in autumn? It scatters the seeds that will bring new growth in the spring---and scatters them with amazing abandon.

This hopeful notion that living is hidden within dying is surely enhanced by the visual glories of autumn. What artist would ever have painted a season of dying and letting go with such a vivid palette if nature had not done it first  Does death possess a beauty that we---who fear death, who find it ugly and obscene---cannot see?  How shall we understand autumn's testimony that death and elegance go hand in hand?
(from "Let Your Life Speak" by Parker Palmer)  

(パーカー・パルマーの『いのちの声に聴く』からの引用ですが、邦訳がいま手元になかったので自分で訳しました。)

-いのちの声に聴く ほんとうの自分になるためにパーカー・J・パルマー 著、重松 早基子 訳 いのちのことば社)

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うちの裏庭にあったモミジ。2015年秋撮影。この年はこんなに紅葉したのに、なんと翌年、木全体が枯れてしまい、春になっても新芽がまったく出てこなかったのでした。まるで、私たち家族と一緒に喪に服すかのように。
分かった気になっても、分からないことはたくさんある… 主よ、ただあなたの御前に膝をかかげます。