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 今回の日本訪問では京都に行く機会があり、友人のK夫妻のお誘いにより、宇治のカルメル会の黙想の家で、一泊の黙想会に参加してきた。

 修道女の方たちも、司祭も、アビラのテレサや十字架のヨハネが着ていたような茶色い修道服で、さすがカルメル会!と思ってしまった。

 黙想会は、夜の8時にオリエンテーションから始まり、その後、「寝る前の祈り」。翌朝は7時から朝のミサ、朝食後に「昼の祈り(1)」、昼食前に「昼の祈り(2)」、さらに午後には「聖体賛美式」なるものがあり、そして解散。私は用事があったため、昼食までの参加だったけれど、一人になっての黙想の時間と皆でのミサや祈りの時間が交互にあり、とても祝された機会だった。

 夏の京都はどれだけ暑いかとやや心配していたものの、この日は気温も低めで、緑に囲まれた敷地内を散歩するにもうってつけだった。

 宿泊は質素な個人部屋で、ベッドも枕も硬かったけれど、黙想にはぴったりの環境だった。これは、私の部屋のベッドに横たわったときに、窓から見えた風景。

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 青空を白い雲がゆっくり動いていくのを見つめながら、悲しみの中にある友人のことを覚え、主の憐れみと恵みを求めて祈っていた。

 朝のミサのあとは、一人で散歩に出かけ、敷地内にあった「十字架の道行き」 に沿って祈った。私が前回「十字架の道行き」を祈ったのは、みんが召されて約3週間後の復活祭の前だった。あのときは、第4ステーション「イエス、母マリヤに会う」が印象深かったのだけれど、今回は第5ステーション「クレネ人シモンがイエスを助ける」と、第8ステーション「イエス、嘆き悲しむ女性たちに語りかける」が心に響いた。

 クレネ人シモンは通りすがりの旅行者で、人々によって強制的にイエスの十字架を負わされたのだけれど、それはもしかしたら、御父が送った助けだったのかもしれない。そしてイエスは、神の御子でありながら、また王となるお方でありながら、ご自分の苦しみの中で、人に助けられることを受け入れた。私たちの旅路においても、自分では負い切れないような重荷がのしかかってくるとき、同じように助けが必要となるだろう。私たちも、キリストのように、差し出される助けに自分をゆだねる謙遜さを持てますように。

 またイエスは、ご自身が大変な状況にある中でも、嘆き悲しむ女性たちに目を留め、彼女たちに語りかけた。「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい。」 イエスは、十字架を負って歩きつつも、ご自身の目下の苦しみを超えて、御父の悲しみ(罪と悪とにまみれたこの世界の惨状に対する悲しみ…)を感じておられたのかもしれない。私たちの苦しみも、キリストの苦しみや御父の悲しみの中に置くとき、異なる視点が与えられ、目下の苦しみを耐え忍び、周囲の人たちにも慰めや励ましを差し出せる者とさせていただけるのかもしれない。

 今回の日本訪問では、シカゴを出発する前日にある友人と会ったのを始め(彼女は2年前にご主人を喪った)、行く先々で、何らかの喪失と悲嘆の旅路の中にある方たちとの出会いが与えられた。慰め、慰められ、ただ共に座り、また静かに語らい、涙し、ときに笑う。そして何より、ともに主を見上げ、これらすべてのことの中にあって、主に信頼する…


 十字架の道行きの第5ステーションと第8ステーションは、今回の私の旅を象徴するものであったようにも思う。

 これは、宇治に向かう車中で見えた夕焼け。

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