夫が釣りに行っている間、私は一人で静かな時間を堪能していた。
 窓から外を眺めつつ、みんが召されてからのことや、特にここ一ヶ月ほどの出来事、それに伴う私の感情などに思いをめぐらしていた。そして、これからのことへと思いが向いた。

 「神様、あなたは私に何をしてほしいと願っておられますか? What do you want me to do? 翻訳を続けることですか? セミナーや講演などに活動を広げることですか? ブログなどライターとしての仕事ですか? それとも何らかの社会活動に関わることですか? それとも、私が考えたこともない何か新しいことでしょうか?」 

 すると主は言われた。

 「Be.」 

 「何をしたらいいのかと考えるよりも、ただわたしの前にいなさい。そうしている限り、あなたが何をしようとわたしはかまわない。何でも好きなことをしなさい。あなたの心の奥底から流れ出る、生ける水の流れに乗って、したいと思うことをしなさい。」

 窓から遠くに目をやると、そこには川の流れがあった。


 シカゴに戻ってから、私のスピリチュアル・ディレクターにその話をすると、リルケの詩を思い出したと、これを分かち合ってくれた。

私は、まだ語られたことのないものを信じる
私のうちで待っているものを解き放ちたい
誰もまだ願ったことさえないものを

私ががんばらなくても、
一度だけでも、澄んだ流れが溢れ出ますように

神よ、もし傲慢でしたら、お赦しください
でも、このことを言いたいのです
私が行なうことが、川のように私のうちから流れ出ますように
無理強いすることも、抑え込むこともなく
幼子がそうであるように

そのとき、
満ちては引いていくその流れの中で、
深まっていく潮流が出ていっては戻るその中で、
私はあなたに向かって歌うでしょう
誰も歌ったことのない歌を

広がっていく水路から
大海原へと流れ出ながら

(ライナー・マリア・リルケ 『時祷詩集』より  Barrows and Macyによる英訳からの私訳)

I believe in all that has never yet been spoken.

I want to free what waits within me

so that what no one has dared to wish for

may for once spring clear

without my contriving.

If this is arrogant, God, forgive me,

but this is what I need to say.

May what I do flow from me like a river,

no forcing and no holding back,

the way it is with children.

Then in these swelling and ebbing currents,

these deepening tides moving out, returning,

I will sing you as no one ever has,

streaming through widening channels

into the open sea.


 no forcing and no holding back....

 そういえば、私のグリービング(悲嘆)のプロセスそのものが、ここに至るまで
 no forcing and no holding backだったことを思う。

 大海原に続く水路が徐々に広げられている、その場所に、今、私はいるのかもしれない。
 潮の流れが、出つつ戻りつしているその流れの中に。

 心配せずに、あまり考えこまずに、生ける水の川の流れに身を任そう。
 その都度、見えてくる景色があるはずだし、
 必要に応じて、主は水路を閉じ、また開いてくださるだろうから。


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