昨日の午後、二階の廊下のカーペットをスチームクリーニングしていたら、突然、抑えていたものが噴き出すように、心の奥から湧き上がってくるものがあり、私の現在の苦しい心境を吐き出すようにして神様に向かって訴えた。大声で。

 神様は無言だった。

 いつもならこんなとき、なんらかの応答を感じるのに。

 主よ、無言ですか? スルーなんですか…?

 そのとき、ハッと気がついた。

 あ、これは「暗夜」 か、と。


  
1.暗き夜に、炎と燃える、愛の心のたえがたく、
  おお恵まれし、その時よ 気づかるることもなく、出づ
  すでに、わが家は、静まりたれば
2,闇にまぎれて 恐れなく それとは見えぬ姿にて、
  隠れし梯子をのぼりゆき おお恵まれし その時よ
  暗闇に身をば かくして すでにわが家は 静まりたれば
3.恵まれし その夜に 気づかるるなく しのびゆく
  目にふるる ものとてもなく 導く光は ただひとつ 
  心に燃ゆる そが光
(十字架のヨハネによる詩「暗夜」の最初の3連)

 十字架のヨハネにとって、魂の暗夜とは神との合一(union)に至るための道程だった。
 

 自分が苦しんでいるという事実について、苦しんだり困惑したり恥じたりするのはもうやめよう。
 そう思えた。

わからないことをわからないと認めて、平気でいられるというのは、自由なことだ。そして、その自由の中で、祈りたくなる。祈りの答えを得るためにではなく、ただあの方と、一つになるために。
(2015年10月1日のブログより)

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(今年も咲いた庭のスズラン)

 日本語で、十字架のヨハネの「暗夜」について何か資料はあるかなと思って検索したら、これを発見。

-「暗夜」を照らす炎  - 十字架の聖ヨハネ、 リジューの聖テレーズ、マザー・テレサ