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ヨハネによる福音書18章1節から19章42節まで

見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる。
多くの者があなたを見て驚いたように、――その顔だちは、そこなわれて人のようではなく、その姿も人の子らとは違っていた――
そのように、彼は多くの国々を驚かす。王たちは彼の前で口をつぐむ。彼らは、まだ告げられなかったことを見、まだ聞いたこともないことを悟るからだ。
私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現われたのか。
彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。
彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。
まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。
彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。
しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。
彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。
しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。
それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。
(イザヤ52:13〜53:12)

  • In this holy time,
    as we remember the sacrifice of the cross,
    we offer the prayers of our hearts,
    that through them we may be transformed
    to be servants of justice, love and peace.
  • Make us steadfast witnesses of our Savior's reign,
    that we may live in the pattern of Christ,
    who was faithful in all things,
    even death,
    and whose darkest hour gives light and hope. Amen.

     


     (鈴木雅明氏指揮 ヨハネ受難曲 小渕さん、お勧め感謝です!)