昨夜は疲れていたので、年が明けるのを待たずに早々に就寝しました。今日のお昼に、年越しそばになるはずだったおそばをいただきました。(笑)

 2016年は、皆様の祈りと励ましによって本当に支えられました。皆様の祈りがなければ、今頃どうなっていただろうかと思います。本当にありがとうございます。どうぞ2017年もよろしくお願いいたします。

 ところで、ECでは4日目の夜の全体集会で、みんのことに関わる証をさせていただきました。内容は基本的に、5月のセントラルカンファレンス、7月のホノルルカンファレンスでさせていただいたものと同じ(こちら)ですが、あれから時間がたった分、私の中のプロセスも進み、最後のほうが少し違うものになりました。特に、証の日の前の晩から当日の朝にかけて語られたことがあったため、集会の15分前に証の最後を急遽書き換えました。その部分をここに記録しておきます。(実際に話したことは、あまり原稿どおりではありませんでしたが。)

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 娘が亡くなってからもう九ヶ月以上が経ちましたが、私は今でも、まだ時々泣いています。特に12月に入ってからは、状況が厳しくなり始めた1年前のときのことが何度も思い出され、胸が締め付けられています。まだ悲しみから立ち直ったとは言えませんし、そもそも完全に立ち直ることはないと思っています。娘を21歳で失った痛みは、私という人間の一部に刻まれました。でも、それでいいと思っています。なぜなら、私という人間に刻まれたのは、悲しみや痛みだけでなく、それを通してこそ知ることになった神様の慈しみとケアでもあるからです。

 私にはすべてのことが理解できたわけではありません。痛みもあります。それでも、ともにいてくださるイエス様のもとで「Hidden with Christ in God」という神様からの語りかけを胸にいだくとき、そんなテンションもそのまま受け入れることができ気がします。

 CSルイスは、私たちが持つ神学的問いや形而上の
問いの多くは、実は「黄色とは丸ですか、四角ですか?」というような、意味をなさないものなのではないか、だから神には答えようがないのではないかと言いました。同じように、娘の死の意味を納得できるように知りたいという私の願いも、神には答えようのないことなのかもしれません。

 それでも、
私はこれからも娘の死や私たちの苦しみについて、神様と対話を続けていくでしょう。それは、もはや私が「答え」や「理由」や「意味」を必要としているからではありません。神様が対話に招いてくださっているからです。

 そうやって主と対話していた今朝、私は今回のカンファレンスでも何度も出てきた「栄光から栄光へと
主と同じかたちに姿を変えられて行きます」という、あのみことばに思いを巡らせていました。するとそのとき、「栄光から栄光へと」の部分が、私の中で「十字架から十字架へ」に、なぜだか変換されたのです。

 イエスはご自身を低くして、十字架の死に至るまで従順であられました。私たちのために、ご自分を犠牲になさいました。それゆえ御父はイエスを高く上げ、ご自身の栄光を与えられました。イエスは十字架の苦しみのゆえに、栄光と誉れを受けられたのです。私たちは日々自分の十字架を負ってイエスに従うようにと招かれています。私たちが
「栄光から栄光へと主と同じかたちに姿を変えられて行」くというとき、それは、「十字架から十字架へと
主と同じかたちに姿を変えられて行く」とも言い換えられるのではないでしょうか。だとすれば、イエスが「あなたがたは、世にあっては患難があります」とおっしゃられたのも当然のことです。しかしその患難は、苦しみで終わるだけのものではありません。「しかし勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです(EC16の主題聖句)」と主は言われました。十字架の三日後、イエスはよみがえられたのです! 

 娘の死が間近になったとき、意識もあるのかないのかわからなかったのですが、
私は彼女にこう言いました。「美穂ちゃん、あなたはこれで終わりではないから。いったんイエス様のところに行って、それからイエス様がこの地に戻って来られるときに、美穂ちゃんも朽ちることのない新しい栄光の身体をいただいて、よみがえるのよ! そのころまでには、ママもパパも皆んな美穂ちゃんがこれから行くところに行っていると思うから、皆んなで一緒によみがえろうね! 新しい身体をもらって皆んなでよみがえろうね! We will rise together!」

 私に納得のできる娘の死の意味など、あるのかわかりません。でも
主は今、私の目線を、死の意味を問うことから別の方向へと向けさせてくださったように感じています。

 痛みの中でもがき続けていた私に、こうして語り続けてくださる主の優しさと慈しみに感謝します。 

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 私に割り当てられていた時間を大幅に超過してしまったのですが、それを容認してくださった実行委員の皆様にも感謝します。 

 「十字架から十字架へ」。年末に与えられたこのフレーズを胸に、2017年に一歩を踏み出していこうと思います。 

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 EC16でいただいた手作りの十字架ネックレス