今年の感謝祭は(も)、JCFNのセントラルカンファレンスの実行委員会+交わり会で、楽しくすごした。(ただし、夫は数日前から風邪で寝込み、昨日もみなさんにうつさないようにと、ずっと寝室に引っ込んで寝ていた。)

 我が家は、感謝祭はわりとイベントになることが多く、あまり家族のホリデーという感じではない。でも、子供たちはそれが我が家の感謝祭だと、割り切っているようにも見える。そして、自分たちの友達をうちに連れてくることも多い。そのため日本人クリスチャンの団体とアメリカ人のティーンエイジャーが一緒に食卓を囲むという面白い構図になる。

 去年の感謝祭は、みんが野菜トレーを作るのを手伝ってくれた。こんな可愛いのを作ってくれた。

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(いい加減な格好をしているから写真は撮らないで、と言われたけれど強引に撮った写真。撮ってよかった。)
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 みんの体調は、この頃から目に見えて悪くなっていた。それを思い出すと辛い。去年は、感謝祭は祝ったけれど、クリスマスもお正月も完全に吹っ飛んでいた。クリスマスの朝にはみんは胸水がたまって呼吸困難になったためERだったし、12月29日には肺と心膜嚢から浸出液を抜く手術をして、その後みんは最期までほぼ寝たきりになった。思い出すと辛い。辛いけれど思い出してしまう。思い出してしまうというよりも、あえて思い出している。辛かったけれど、みんと過ごした最後の日々を忘れたくないから。勇敢にがんばっていたみんの姿を忘れたくないから。

 みんがこの地上からいなくなったという現実を、受けいれているのかいないのか、自分でも時々わからなくなる。 帰ってきてほしい、もう一度みんを抱きしめたいと心の底から願うことが何度ともなくある。

 実はしばらく前に、変な夢を見た。みんが戻ってきた夢だ。ところが、よかった、よかった、ガンで死んじゃったけど、ちゃんと戻ってきた、とみんを抱きしめていたら、私の腕の中で、お腹から始まってみんの身体がだんだん消えていき、最後にはいなくなってしまったのだ。 そして私は、「みんが成仏した」と思った。(夢の中で。)ちょうどそのとき、私より遅く寝る夫が寝室に入ってきて、私は夫に「みんが成仏したよ」と寝言を言ったらしい。

 成仏って……(汗)クリスチャンなのに、夢の中ではそういう発想をしているってどういうこと?と自分でも呆れたけれど、興味深いことに、私は夢の中でそのことに慰めのようなものを感じていた。「成仏」という言葉を使ったけれど、要するに、みんはもうイエス様のもとに行ったのだから、これ以上みんにしがみついていてはいけない、安心して手を離していい、と感じたのだ。そう、それがその日、目覚めたときに、この夢を思い出して私が思ったことだった。 

 これを書きながら改めて思うのは、私は今年のホリデーシーズンはみんのことを格別に思い出して、特に去年の辛い状況に入ったときのことを思い出して、ものすごく辛くなるのではないかと恐れにも似た思いを持っていたのだけれど、ホリデーシーズンに先立って、神様がみんは「成仏した」、つまり、Hidden with Christ in Godだから大丈夫だよと私の心を慰めてくださったのではないか、ということ。 

 みんのことを思い出してしまうのは仕方がないことだし、忘れたいだなんてこれっぽっちも願わないけれど、ただ辛い思い出に心を痛めるのでなく、去年のこの時期の痛みや悲しみが蘇るたびに、それを神様の前に出る機会だと考えるようにしようと思っている。

 今年の感謝祭の話からすっかりずれてしまった。

 今年のターキーはこれ。
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 今年は素敵なトリートもあって、うどん香川県出身のF君がうどんを打ってくれたこと!粉を練って熟成させたものを持ってきてくださり、それをみんなで踏んで(!)、細く切ってささっとゆで、うどんのおつゆもトッピングも、すべてFくんがちゃちゃっと用意してくださいました。手打ちうどん、さすが美味しかったです!

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 甘辛く煮た薄切り牛肉、大根おろし、ネギ。

  それから、もう一つ素敵なサプライズがあった。20年くらい前にアイオワに留学していたKさんのご長男のKくんが、今ミシガンで大学に行っていて、昨日ちょうどシカゴに遊びに来ていたため、うちにも足を運んでくださったこと。彼がまだ赤ちゃんだったころ、ご家族でうちに遊びに来てくれたことがあり、その赤ちゃんが立派な青年になってまた訪ねてきてくれて、とても嬉しかった。

 この写真はおまけ。ま〜やとま〜やの親友。
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 ま〜やは水曜日の晩に帰ってきて、明日(土曜日)の早朝にボストンに戻る。なんと短い帰省…でも、一ヶ月もしないうちに、冬休みでまた帰ってくるから、がまん、がまん。ちょっとだけでも会えてよかった。