レッスンその1:主にあって、人生の主導権を持とう!(1)


 『境界線(ルビ・バウンダリーズ)』(邦訳・地引網出版)の著者の一人、ヘンリー・クラウド博士は、仕事における満足度を左右するのは、①職場の環境や出来事についてどう感じているか、②仕事上の人間関係はどうか、③自分の目指す成果をあげられているか、の3つの要因だと言います。転職を考える原因も、多くがこのどれかに関係しているそうです。

 では、この3つを自分にとって願わしいものにするにはどうしたらいいでしょうか。その鍵となるのは「境界線」(バウンダリー)です。境界線とは、簡単に言えば、自分という人間を定義する枠組みです。自分の感情、思考、選択、願望、行動などは、自分の境界線内にあり、それをどう取り扱うかはすべて自分次第です。一方、他者の感情、思考、行動などはあなたの境界線外です。

 物事がうまくいかないと、誰しも他人や状況のせいにしたくなるものです。実際、自分には非がない場合や、まったく力の及ばない場合もあるでしょう。時としてそういう状況に陥ることは、人生において避けられません。にもかかわらず、明確な境界線を持つ人は、そういう状況でも自分を誰か・何かの「無力な被害者」として位置づけることなく、主体者として自分にできること(つまり自分の境界線内のこと)を探し、そこに集中します。そして、自分には変えようのないことから潔く手を放します。

 こういったことは、近年、ビジネス訓・人生訓として至るところで耳にするようになりました。しかし、キリスト者にとってはそれ以上の意味があります。パウロがコリントの教会に言ったように、どんな状況に置かれても、私たちは決して行き詰まることも窮することもなく、必ず何らかのなすすべがあり(それが祈って待つことだとしても)、しかもそれを見極め、実行に移すための知恵と力と勇気は、神の恵みによって与えられているのです。また、私たちに選ぶ自由を与えてくださった主は、私たちが周りからの圧力や強制によって嫌々ながら動くのでなく、ヨシュアのように自発的に選んで行動することを願っておられます。

 そこで、レッスン第1回目はこれです。「主にあって、自分の人生の主導権を持とう!」神を無視して好き勝手に生きよ、という意味ではありません。神に与えられた人生の管理者として、他人や状況に振り回されることなく、主にある自由と責任を行使するという意味です。先の3つの要因を自分にとって願わしいものにする鍵は、ここにあります。


クリスチャン新聞2009年12月6日号掲載

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