昨年から受講しているスピリチュアル・ディレクター養成講座は、今年度は9月から始まっていたのだけれど、私は日本に行っていたため夕べが今年度初めてのクラスだった。


 「Sachi is back!」と両腕を広げてハグで迎え入れてくれる仲間たちに囲まれて、「帰って来た」感が嬉しかった。


 昨年度の実習はグループディレクションだったけれど、インターンとして実際にディレクティーを受け持っている今年度は、peer supervisionというものを行う。SDの働きは、現場ではディレクターとディレクティーの一対一でなされるが、ディレクターは自分自身も現在進行形でSDを受けていることと、peer supervision groupに入ることがガイドラインに記されている。


 peer supervisionとは、他のスピリチュアル・ディレクターたちと数人で構成するグループで、自分が行っているSDのセッションを通して自分の内側に出てくる感情や霊の動きについて、アカウンタビリティーを負うためのもの。自分が会っているディレクティーのことを話すのではなく、あくまでもディレクター本人に焦点がある。ディレクターになったからといって、弱さや傷のない人間になるわけではない。ディレクティーの話を聴く中で、自分自身の過去の傷や、まだ解決に至っていない問題などが刺激されてしまうこともある。そのような自分の問題がディレクションの中に出てきてネガティブな影響を与えることがないように、スーパービジョンを受けることで自分自身の問題を取り扱うことができる。また、SDのセッションはとてもプライベートなものだけれど、こういったシステムがあることにより、不適切な事が起こることがないよう互いにチェックし合うこともできる。


 


 また、昨日の講義は、なんと「神観について」だった。私たちの神観とはどのようにして形づくられるのか、神観の歪みはどのようにわかるか、歪んだ神観が癒されるプロセスでは何が必要か、癒しのプロセスで助けになる霊的修練にはどのようなものがあるか、そのプロセスにおけるスピリチュアル・ディレクターの役割は何か、などなど。非常にspot onなトピックで、びっくりだった。この講義の中で、いちばん大切なことは、Be patient with the directee's (gradual) healing process.ということだったかも。


 あと、Concept of Godと、Image of Godの違いも助けになる区別だと思った。前者は「神」という言葉の抽象的で知的な定義であり、私たちが実際に神についてどう感じているかではなく、神についてどう考えているかを表象する、合理的、意識的、認知的なもの。後者は複雑で、主観的で、感情的な神の体験(自分が神をどう体験しているか)。神について私はどう感じており、また神は私に対してどういう感情を持っていると私は感じているか、ということ。もっぱら無意識。





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今日のウィリー