今年もあっという間に過ぎてしまった気がするけれど、振り返ってみると、随分いろいろなことがあった。1月末には次女と息子を連れて義母のお見舞いに。子どもたち全員を連れていくことはできなかったけれど、二人だけでも行くことができて本当に良かった。


 ある日のお見舞いの帰り道、ケンが「いつかママが歳を取って、病気になって入院したら、いつも子どもたちや孫たちの誰かが一緒にいるようにして、絶対にママを一人にしないから」と言ってくれたのが、とても嬉しかったっけ。


 2月中旬にシカゴに戻り、その後、夫が私と入れ替わりで短期間だけ帰国。シカゴ初のJCFNの1dayリーダーシップトレーニングキャンプ、 C-WITも持たれ、私はそこで霊的形成についてお話させていただいた。


 3月には、義母の容態がどうなるかわからないなか、ま~やのcollege visitのためカリフォルニアへ。夫はもしもの時のために、パスポートを持っての旅行だった。カリフォルニアでは、ついた翌日、UCSDキャンパスのツアーに参加している最中に、ま~やが食中毒でトイレから出て来られなくなり、結局ERへ行って点滴2本打ってもらうというハプニング。でも残りの旅は楽しく過ごしました。(でも、結局UCSDには願書を出さなかった。笑)


 4月には、ちょうど1年間の闘病生活ののち、義母が召された。ガンの末期は痛みがひどいと言われるけれど、義母は化学療法などの治療はしていなかったので、痛みもほとんどなく、安らか最期だった。


 5月には、義母の納骨と遺品整理のために夫と二人で1週間帰国。たった一週間の滞在だったけれど、義母が大好きだった温泉宿を訪ねるため、九州は湯布院に一泊だけ行ってきた。私たちの老後の生活はこんな感じになるのかしらと思わせるような、久しぶりに二人きりで過ごす一週間は、貴重な体験だった。また、旅行の最後に転んで右腕を骨折したのには我ながら驚いた。


 f:id:mmesachi:20140815115409j:image:right6月にはJCFN理事会でミシガンへ。


 8月は家族旅行でシアトルへ。(写真はレーニエ山にて)


 9月からは、スピリチュアル・ディレクションの講座("The Tending the Holy")が始まった。


 10月は、日本人伝道に力を入れているミシガンにあるアメリカ人教会でノンクリスチャンの日本人の親ごさん向け子育てセミナー、そしてデトロイトVIPでお話をするために、再びミシガンへ。


 11月は、私には息子同然のヤス(KGK主事)が、奥さんと赤ちゃんを連れて訪問してくれた。


 


 義母を見送ったことは大きかったし、全体的になんとなく出入りの多い1年間だったけれど、それとは別に、今年は私の霊的旅路においても大きな変化があった年だった。そのきっかけは、3月にスピリチュアル・ディレクターが変わったことだろうか。その頃からスピリチュアル・ディレクションの学びをしたいという願いが与えられ、数ヶ月祈り、新しいディレクターにも相談した結果、受講することになった。彼女は数年前までその講座(TTH)のコーディネーターをしていた人で、スピリチュアル・ディレクターとしてもベテランだし、講師の一人でもある。彼女との出会いは、私にとって大きかった。


 TTHは受講者をスピリチュアル・ディレクターとなるべく教え、整えるためのものだけれど、それ以上に、各人の霊的形成と観想的霊性を養い、祈りの生活を深めていくことに主眼がある。今年の私は、私の霊的旅路の中でこれまで断片的に存在していたことが、まさにこういったことにフォーカスして一つの流れになっていったような感じがある。ここ数年stuckしていたところを、ようやく抜け出したような…


 今、クリスチャンの精神科医で、Shalem Institute for Spiritual Formationのスタッフのジェラルド・メイという人が書いた『The Dark Night of the Soul: A Psychiatrist Explores the Connection Between Darkness and Spiritual Growth』という本を読んでいる。これは、タイトルが示唆するように、十字架のヨハネの「魂の闇夜」を始めとする著作およびアビラのテレサの著作をひもときながら、魂の闇夜や霊的形成について語る。十字架のヨハネの言う「魂の闇夜」を簡単に説明するのは難しい。簡単に言ってしまうと、そこに含まれる深さが削ぎ取られてしまいそうで。


 それについてはまた別途、別の日に書いてみたいと思うけれど、今日はこれだけ。この数年間私が通っていたプロセスは、どうやら魂の闇夜だったのかもしれない、ということ。神様の御臨在が感じられなくなる、というわけではなかったので、自分ではそれが魂の闇夜だとは気づいていなかったのだけれど… でも、そう思うと、この過去4年くらいの間に私が通っていたことに合点がいく。魂の闇夜を通ることの意味の一つは、余計なものが取り去れらること。自分が握っていたもの、しがみついていたもの、偶像としていたもの… もちろん、まだそれらのすべてが取り去られたわけではないけれど、いくつかはもはや握りしめようがないほどに見事に粉砕された。


 それから、この数年間私が特に葛藤していたことの一つは、「祈りの答えとして与えられたものを、神様ご自身が取り去ってしまう件」だった。(そのことについては、たとえば去年のブログ記事「欺かれても本望」などを参照)私はそのことで何度も神様に訴えていた。ジャーナルにもこう書いたことがある。「神様、あなたがそのようなことをなさると、私とあなたの信頼関係にヒビが入ると思いませんか? なぜそんなことをなさるのですか?」でも、神様がこの問いに答えてくださったことは一度もなかった。ところが夕べ、ジェラルド・メイの本を読みつつもう一度そのことに思いを巡らせていたとき、突然主が語られた。「それはね、祈りの答えは祈りの答えであって、わたしではないからだよ。わたしははちこに、祈りの答え以上に、わたし自身を受け取ってほしかったのだ」 祈りの答え以上に、神様ご自身を受け取ること… なんという難しい課題を、神様はいつの間にか私に課しておられたのだろう。でも、正直なところ、もはや私は、祈りの答えというものに、あまり執着しなくなってきた気がする。今の私は、「祈りは聞かれる!」とか、「Prayer works!」といったことにもほとんど興味がない。いろいろな願いを、確かに神様の前に持っていきはするのだけれど…


 「主よ、今ごろそんなことを言われても… 私がどれだけ辛い思いをしていたか、ご存知だったでしょうに」「もちろん知っていたよ。どれだけ手を差し伸べたいと思っていたことか。でも、そんなことをしたら、はちこの成長をはばむことになってしまう。手を差し伸べることはしなかったけれど、ずっとずっとはちこのすぐそばにいて、ずっとずっとはちこを見つめていたよ」 ああ、主よ。知っていました。私は知っていました。あなたがずっと私のそばにいてくださったことを。あなたはいろいろなところに、ヒントを落としていてくださいましたから。思いがけないときに、思いがけない場所に、あなたの足跡を、御手の跡を、残していてくださっていましたから。あのことも、このことも、あなたがなさっていたことだと、主よ、私の魂は、そのことをわかっていました。


 主よ、私は今、違うものを見ています。過去数年間見て来たものとは違うものを見ています。あなたは今、私に別の景観を見せてくださっています。それは、まだぼやけていますが、去年までいた場所とは違う場所にいることはわかります。 ああ、主よ、愛しい方よ、私のこの小さな心が、あなたから逸れることがありませんように。あなた以外のものに、目を、耳を、心を、たましいを、奪われることがありませんように。あなたが見せてくださるものだけを見る目を、あなたが聞かせてくださるものだけを聞く耳を、あなたがくださるものだけを受け取る手を、あなたが導いてくださる場所にだけ行く足をください。


 Oh Jesus. I. Love. You.






 しあわせなイスラエルよ。


 だれがあなたのようであろう。


 主に救われた民。


 主はあなたを助ける盾、


 あなたの勝利の剣。 


 あなたの敵はあなたにへつらい、


 あなたは彼らの背を踏みつける。(申命記33:29)





 私を封印のようにあなたの心臓の上に、


 封印のようにあなたの腕につけてください。(雅歌8:6)





 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。


 ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(ローマ14:8)