f:id:mmesachi:20141225114909j:image:w240:left中村家恒例のクリスマスの朝のファミリーデボーション。まず、エミのヴァイオリンに合わせてきよしこの夜を歌い(朝だったけど)、それからバイオラ大学のアドベントプロジェクトのクリスマスの日の箇所より、LIGHT AND DARKという文章をぼぼるパパが朗読してくれた。



 ...The joy of Advent is inextricable from the pain of sin, suffering and longing. Joy’s potency comes not from negating suffering but from relating to it, emanating from it, embracing the longing. ......


 Advent begs the question: If Jesus’ birth is such good news, such a great light, then why is the world still so overwhelmingly dark? Why did this light of the world not overcome the darkness once-and-for-all? Why are there bombs and beheadings in the news every week? Where is the light in places like Ferguson, Gaza, or Ebola-stricken West Africa? How can the Good News be believed in a world where innocents are slaughtered every day?


 The questions aren’t easily answered with logic, but they are engaged―and embodied―in art.


 Art is no good if it has no conflict or contrast. ......


 The epic of this world is one of terror, darkness and despair mixed with love, beauty and hope; a story of many downs and many ups, many brilliant moments and many heartbreaking tragedies. ...


 In the life of Christ we see it all in microcosm: a joyous birth amidst Herod’s unspeakable slaughter; Christ’s miracle-working amidst throngs of poor, suffering and sick; wedding feasts where wine flowed; Roman torture where blood gushed. Birth and life and death. And then life again. Ups and downs. Lights and darks.


 What a magnificent story it must have been to witness first-hand.


 What a magnificent story it continues to be: a joy we continue to behold, a light that gives us sight and warmth, a love that gives us hope. (by Brett McCracken)



 このレンブラントの絵(Adoration of the Shepherds)に見られるような、暗闇と光のコントラスト…


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そういえば、かつてうちの教会の霊的形成パスターが、霊的に成熟した人とは、光と闇、痛みと喜びといった、相容れないかのような物事を、それらがもたらすテンションを、そのままholdできる人だと言ったことがあったっけ…


 この文章を読んだあとで、夫はイザヤ書8章21節から9章7節までを読んだ。この箇所にも、闇と光のコントラストがはっきりと見られる。苦しみと迫害の闇の中に、救い主が、王が、与えられるという約束。その王が、今よりとこしえまで、その王国を治め、支えるという約束。万軍の主の熱心が、それを成し遂げるという約束。


 夫はデボーションの最後の祈りの中で、私たち一人ひとりの人生のストーリーには、アップもあればダウンもあること、喜びもあれば悲しみもあること、それでも日々続いていくこと、そしてアップでもダウンでも、どこにいても、主がそれぞれに出会ってくださること、私たちのストーリーを、主ご自身がholdしてくださっていることを感謝していた。アーメン。本当に感謝します。


 実は、ちょうど今朝長女が、フェイスブックの自分のページに、「今日、心が折れそうな痛みと苦しみの中にあるクリスチャン、神様を信じられなくなりそうなクリスチャン、神様を賛美できない気持ちのクリスチャンがいるなら、遠慮なくその正直な気持ちを神様にぶつけてください。悲しんでもいい。怒ってもいい。神様は私たちに、感情のすべてを感じてほしいと願っておられます。そして、それらの正直な気持ちを神様に言ってほしいと願っておられます。詩篇の三分の一は嘆きの歌です。全部神様の前に持っていっていいのです…」というようなことを書いていた。


 本当にそのとおり。彼女の周囲にも、闇の中で今日のクリスマスを迎えた人たちがいるのだろう… お祝いの日だからといって、絶好調とは限らない。私の友人にも、最近、脳出血でご主人を突然亡くされた方がいる。まだ38歳だった。今年のアドベントは、彼女と彼女のご家族のことを何度も祈りに覚えてきた。今も祈ります。人としての私たちの痛みや悲しみを理解するために、寄り添うために、そして希望と救い、新しいいのちを与えるために、神のひとり子がこの地に来てくださったのだから。



ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。(イザヤ9:6-7)