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 レクツィオ・ディビナとは、「聖なる読書」という意味で、聖ベネディクトが荒野の教父の影響を受けて始めたと言われる、古代から用いられていた、祈りをもって御言葉を読む方法です。(または、御言葉を読みながら祈ると言ってもいいかもしれません。)御言葉を章単位で読むのでなく、数節から10数節くらいを選び、ゆっくりと、じっくりと味わいながら読みます。情報を得るために読むのではなく、また注解書をひもときながらテキストを理解することを目的とするものでもありません。生きた神のことばである御言葉から、神さまに語っていただき、それによって私たちの霊を形づくっていただくための聖書の読書であり、みことばを読むこと、そして御言葉に聴くことが、そのまま祈りでもあります。


 レクツィオ・ディビナには4つのステップがあります。まず、1~2分沈黙の時間をとって、心を静めてから始めましょう。




  1. Lectio レクツィオ (読む):言葉ひとつひとつ、文節ひとつひとつに注意を払いながら、ゆっくりと味わいながら読む。できれば声に出して、ゆっくりと朗読する。自分が抱えている問いや困難に対する答えを見いだそうとするのでなく、テキストについて自分がすでに知っていることも脇に置き、神さまは今日、この箇所を通して私に何を語ってくださるのか、与えられるものを受け取るつもりで読む。「心の耳で聴く」という言い方もされる。この箇所を通して語っておられる聖霊の静かな御声に耳をすましながら読む。茶の湯で、お茶をたてる前にまずゆっくりと茶器をながめてその色合いや手触り、重さなどを確かめ、愛でるように、みことばをゆっくりと味わう。

  2. Meditatio メディタツィオ(黙想する、思いをめぐらす、口ずさむ):読んだ箇所から、特に心に留まった言葉・フレーズ・文章に思いをめぐらす。牛が草を反芻するように、心に留まった(心惹かれた)言葉・フレーズ・文章を暗記するくらいに何度も繰り返す。そうしているうちに、その箇所が深く心に降りて来て、何かハッと気づかされるものがあるかもしれない。何らかのイメージが湧いてくるかもしれない。(無理に関連づけようとはしなくてもいい。そういったことが自然と現れるまで待つ。Let things come. Let them emerge.)

  3. Oratio オラツィオ(祈る):メディタツィオで心に浮かんできたことについて、祈る。神さまと対話する。心に留まった言葉(フレーズ)と、そこから語られたことが、自分の霊に触れ、キリストに似た者へと内側から変えてくださるように求める。あるいは、神への問いかけ、嘆願、賛美、感謝という形で祈りがほとばしりでるかもしれない。ここでも、何かを祈ろうと言葉をどんどん並べるのでなく、聖霊が静かに語っておられることに、自分の霊で応答する感じで祈る。ひと言ふた言祈り、しばらく静まって神さまの応答を待ち、またそれに対して自分も応答する、という形の祈りになるかもしれない。聖霊に主導していただく。

  4. Contemplatio コンテンプラツィオ (観想する):言葉も抜きにして、ただ主の御臨在の中で憩う。もはや何かを語ろうとか聴こうとかするのでなく、ただ主の御臨在、自分を包んでくださる主の御腕に、自分を預けるつもりで静かに観想する。神さまからの招きを受け入れ、今、自分は神さまの御臨在の中にいるということを、ただ楽しむ。


 これらのステップを、先を急がずに、ゆっくりと行います。これらのステップは規則ではないので、厳密に1から4のステップまで順番に追って、4まで来たらおわり、というものである必要はなく、行きつ戻りつがあるかもしれません。自分の心の内に働いてくださる御霊の動きに注意を払いながら読み、聴き、祈ります。あせらず、あわてず、ゆっくりと。静かに。


 また、レクツィオ・ディビナは、みことばだけに適用されるものではありません。同様の聖なる読み方を、たとえば詩や、歌の歌詞や、霊想書からの数行などを用いて行うこともできます。


 さらに、テキストを用いる代わりに、絵画や風景などを見ることを通して神様に聴く、ヴィジオ・ディビナ(Sacred Seeing)という祈りの方法もあります。



 レクツィオ・ディビナについてさらに詳しく知りたい方は、この本がわかりやすいと思います。
-目からウロコ 聖書の読み方―レクチオ・ディヴィナ入門