「断食とは、ハンガーストライキではない。それは、神が最も大切に思っておられることに対する欲求(食欲)を養うための試みである。」


 昨日は、イスラエル・パレスチナの平和を願って断食して祈っていました。ふつうは断食って、人に宣伝するものではないですが、今回の断食は、イスラエル・パレスチナの平和のために世界各地で祈っているユダヤ教徒、イスラム教徒の方たちに合流して自分の置かれた場で断食祈祷するというもので、主催者側は、社会やメディアに対するパブリックメッセージとしての断食祈祷なので、”We intend for this fast to be very public”と言っていました。それでも、私はあまりパブリックにはせず、むしろコッソリという感じでしたが(汗)、ブログでだけは意思表明をしました。


 


 今朝になって、リン・ハイベルスのツイッターフィードを見ていたら、彼女が上記のツイートを流していました。同じくこの断食に参加していた人のリツイートです。


 次に断食するときは、このことをしっかり心に刻んでおこうと思いました。実は、うちの霊的形成パスターは霊的修練としての断食を強調する人なのですが、私はやりたくないのでいつもスルーしていました。でも、神が最も大切に思っておられることに対する欲求を養うための試みとしての断食と考えると、確かに霊的修練として定期的に自分の生活の中に組み入れていく価値があるなと思いました。


 パレスチナの状況は、せっかくエジプトが提案し、イスラエルが同意した停戦案を、ハマスが拒否したため、イスラエルもまた攻撃を再開したとのニュースを今朝になって見て、切ない気持ちになりました。でも、諦めずに祈り続けます。





 今朝は、少し早くに目覚め、お天気もよかったので、ラビリンスに行って祈ってきました。


 祈っているとき、時々、自分の祈る言葉がじゃまになって、神さまの声が聞こえなくなると感じることがあります。今朝も、いろいろとざわつく心を抱えていましたが、余計な言葉は発するまいと思いつつ、ラビリンスを歩き始めました。いったん中心まで来て、今度は外に向かってゆっくり歩いていた途中、ふと、見上げるように声をかけられたような気がして上を見たら、きれいな青空が広がっていました。(ラビリンスを歩くときは、道が狭いしクネクネしているため、どうしても足元を見ながら歩くことになってしまうのですよね。)その青空と、木立の緑のコントラストの美しさに目を細めていたら、神さまに「Behold the beauty」と語られた気がしました。自分の心の中のドロドロとか、世界情勢の悲惨さとか、目も当てられないようなことに囲まれて鬱鬱としそうになる中で、主は、「わたしの美しさを仰ぎ見よ」と語ってくださったように思いました。





 これは、The Brillianceというクリスチャンバンドのが、昨年イスラエルとパレスチナを訪問したあとに書いた"Yahweh"という曲だそうです。美しい曲です。