先日書いた、現在私たち家族と一緒に住んでいるエリカのこと(こちら)。いろいろ考え、人にも相談し、祈った結果、やはりきちんと境界線を引くことにした。もともと、12月20日までということで彼女はうちに来た。ところが、うちに引っ越してきた最初の週に、一緒にアパートを借りることになっていた人とケンカをしてしまい、その話しが立ち消えになってしまったため、次に住む場所がいつ見つかるかわからないと言われた。私は、「そうなの? それは困ったね」と言ったけれど、だからといって、いつまでもいていいよ、とは言わなかった。でも、そういうことなら仕方がないかな…という思いもあり、なんとなくうやむやになっていた。


 我が家のルールは、最初にちゃんと伝えた。夜10時過ぎたらクワイエットアワーで、音楽などの音量は下げる。友人の訪問は夜中の12時まで(彼女は20歳なので。ま~ややケンの場合はもちろんもっと厳しい)。男の子の宿泊は禁止。我が家の敷地内では、庭も含み、薬物やタバコ類の使用は禁止。地下室ではキャンドルやインセンスの使用も禁止、等など。当初はそれらが守られないことがあり、私は何度か彼女(と、彼女のボーイフレンド)にコンフロントしないといけないことがあった。二人とも、私に対してとても礼儀正しく、私が注意することはきちんと聞いてくれた。時には洗い物などを手伝ってくれることもあった。


 とはいえ、他人が一緒に暮らしていると、いろいろ気になることは出てくる。これがいつまで続くのかわからない、という状況は、私にとって日増しに大きなストレスになっていった。


 それでも、私が我慢すれば済むことなら、ここはやはり、愛をもって受け入れよう、と思っていたのだけれど、ぼぼるパパに「あなたが帰ってきたとき、エリカがいることになりそうだけど、あなたの迷惑にならないように気をつけるから、許して」と言うと、彼は、「わしが日本から帰ってきたときに、エリカがいたとしてもかまわない、たいていのことは我慢できる、しかし、今回のことは、そういう問題ではないと思う」とはっきり言われ、考えてしまったのだ。ぼぼるパパに、「愛や恵みを差し出したいという気持ちはわかるし、それは尊いことだけれど、でも、これはやはり境界線の問題じゃないか?」と言われ、祈りつつ熟考した結果、やはりぼぼるパパの言うとおりだという結論に達した。そして、昨日、ついにエリカと話しをした。


 エリカには、最初にこの点を曖昧にしてしまい、彼女にもいつまでもいていいかのような期待を持たせてしまったことをまず謝った。そして、もともとの私の意思と、現実的な我が家の状態(12月20日に夫が帰ってくること、冬休みになればエミも帰ってくることなど)を伝え、なおかつ、エリカが今置かれている状況にも理解を示し、そして今現在、私たち家族と彼女の関係がとてもうまくいっていることも認め、感謝し、その上で、やはり12月20日まで、ただし、猶予期間として、1月2日まで(夫の冬学期の仕事がその日からなので)、ということをはっきり伝えた。(境界線といえども、クリスマス前に彼女を追い出すかのようになるのは、どうしても、私自身が嫌だったので。)今、地下室にある彼女の家具の数々は、必要があれば、もう少し長くうちで預かっておくこともできる、とも伝えた。


 これらのことを、精一杯の愛情を込めて伝えた。彼女はちょっと緊張した面持ちだったけれど、よく理解し、快く受け入れてくれた。そして、彼女からも、こうして自分を受け入れてくれてありがとう、と何度も感謝してくれた。


 一時は、彼女が必要な限りは、いつまででも受け入れる、ということで腹をくくろうと思った。でも、上記のようにぼぼるパパに言われ、改めて祈りつつ考えた結果、私は言いにくいことを言うのが嫌だから、「愛」の名のもとに逃げていたのだと気づいた。そして、自分が逃げていたにもかかわらず、ストレスが溜まるにつれ、エリカに対してネガティブな思いを抱くようになり、不健全な状態になっていたことにも気づかされた。


 ほかにも何人かの人と話した結果、ここで境界線を引くことは少しも愛のない行為ではなく、お互いのために必要なことだと、改めて確信することができた。エリカにとっても、自分の将来を考えて建設的なステップを踏み出すべきときに、私が中途半端に彼女を受け入れていると、彼女も自分にとって楽チンなほうを選ぶほうが簡単なので、なすべきことを先延ばしにすることになってしまう。私が愛と恵みのつもりで行っていたことが、彼女がなすべきことを先延ばしにすることに、加担することになってしまう。私は、今回ついに期限を設けたわけだけれど、それでもあと2ヶ月ある。期限がはっきりしたことで、彼女も次のステップに進むための目標や枠組みができたと思う。そして、彼女がここにいる間は、私は愛のある環境を提供し、できる限り彼女を助けてあげようと思う。


 境界線を引くとは、自分の快適さを守るために他者との間に適切な距離を保つことではなく、より良く愛せるようになるための枠組みを明確にすることだと、これまで、私自身何度もいろんな人に語ってきたけれど、今回はそれを、私自身が実感する機会となった。境界線を引くことは、決して簡単ではないこと、クラウド&タウンゼントがいつも言っているように、自分自身が安全な人たちとの関係に根ざしていないと、境界線はなかなか引けないこと、しかし境界線を引くことで、本当に心から、自発的に、より深く愛せるようになることを、改めて実感した。今はとても清々しい気持ち。


 綺麗ごとを言いながら、面倒なことから逃げようとしていた私に、きちんとコンフロントしてくれたぼぼるパパにも感謝。私が祈って考えている間も、横からヤイヤイ言わずに、黙って待っていてくれたことも。愛してる~! 早く帰ってきて!