先週の土曜日の午後、日本に到着し、予定通り、日曜日にはお茶の水CLCで、『福音の再発見』出版記念のイベントに参加してきました。


 懐かしいお友達、ずーっと前からネット上ではつながっていたけれど、一度も会ったことのなかったお友達、このブログを始まった当初から読んでくださっていたという読者の方…等々、私にとっても感謝なひとときとなりました。


 また、黒幕K氏が、Ustreamで中継してくださったおかげで、会場には参加できなかった方々にも、リアルタイムで、また後から、イベントの様子をご覧になっていただくこともできました。K氏は、Ust中継のための機材を自前で神戸から持ってきてくださり、セットアップから何から、大変な御労をとってくださいました。心から感謝いたします。




 それから、後藤敏夫先生が、再び『福音の再発見』についてブログに書いてくださいました。




 後藤先生が書いてくださったこと、とても感謝です。(恵泉塾のことはよく存じ上げないので、それについてはコメントできませんが…。)問題意識を持ちつつも、しかし自分もまた救いの文化を引きずっているという現実や、著者の言っていることは分かるし、賛同もするけれど、では日本でどのように福音を伝えたらいいのか?という困惑、これは、読者の方々が誰しも抱く思いではないでしょうか。私もそうです。


 後藤先生が最後に挙げてくださった3点、本当に感謝です。そして、その三つ目に挙げてくださっていること(「マクナイトの提唱は、…「贖いという名の共同体」(A Community Called Atonement)、すなわち現代社会において対抗文化的なライフスタイルを持った信仰共同体を形成することに向かわせます。マクナイトの提唱は、福音に関する認識や伝道の方法論においてではなく、愛の実践において試されると思います」)は、私が先日のイベントの最後に言いたかったことと一致します。


 二日前、『聖書と村上春樹と魂の世界』を読んでいたのですが、その中に、「日本人は『世間様』を恐れる」というフレーズがありました。日本人にとって、「世間様」に受け入れられることはとても大切で、村八分にされることを何より恐れますよね。


 王なるキリストの統治のもとにある神の民の共同体は、そういう怖い『世間様」のような存在ではなく、愛と受容と赦しと正義etcのある安全な場所なのだということを知ってもらい、その中に人々をinviteする、というのが、福音伝道として私たちにできることの一つかもしれません… まだ考え中ですが…


 これまでのキリスト者の共同体は、しばしば、単なるカントリークラブ化していたのではないか、という指摘をマクナイトは別の記事でしています。そのクラブでは「救われている」ことが、メンバーシップとして要求されます。それは、そのグループに属している人と属していない人が、明確に区別される世界です。


 仲良しクラブ化しないで神の民の共同体をつくること… そんなことにも思いを巡らしています。


 そして、「対抗文化的なライフスタイルを持った信仰共同体」の形成には、個々のクリスチャンがキリストの生き方に倣い、キリストに似た者に変えられていくことが前提かと思います。そうやって、the life that is truly life(まことの命)を生きること… 口で言うは易しですが、これは本当にラディカルなことだと思うのです。その一つに、unhurried lifeを生きることがあると私は考えています。unhurried lifeについては、また追々書いていきたいです。


 なお、著者のスコット・マクナイト教授も、ご自身のブログで、日本語版のことを取り上げてくださいました。