昨日のクリスマス礼拝には、家族6人+マイク、サルジオ、ナンシー(みんの友達)、マニー(サルジオの従兄)で行ってきた。とても祝された。


 朝からナンシーがやって来て、みんと一緒にクッキーを焼き、お昼は私がナスとほうれん草とベーコンのスパゲティを作った。それからサルジオとマニーもやって来て、青年たちはみんなでおこたにあたってYouTubeを見たり、ゲームをしたり。そして2時頃になったら教会へ。


 礼拝は、昨日の記事にアップしたトランスシベリアンオーケストラ風のクリスマスソングから始まり、会衆賛美、いっぷう変わった「サイレント・ハレルヤコーラス」(ビデオを見つけたらあとでアップします)、それからパスターのメッセージ。


 メッセージのタイトルは「Divine Detour、聖なる(神による)回り道」。


 …と、メッセージの要約を書こうとしたら、なんとなんと、NJのかきごおり先生のクリスマスメッセージでも、同じことが語られていました!!!メッセージのエッセンスは同じなので、かきごおり先生のブログをご参照ください。こちら


 本当に、最初のクリスマスは、当事者の目から見たらまさに「想定外」の連続だった。しかし、人間の目から見たら「想定外」でも、それこそまさに、神様が人類の救いのために用意してくださっていたご計画…


 私も今年は、いくつかの「想定外」のことがあった。それが起こったときには本当に動揺し、混乱してしまったけれど、そのような状態にある私に、神様は何度assuranceの語りかけをしてくださったことか。大丈夫、すべては主の御手の中にあるから。私もマリヤの祈りにあわせて、心からこのように申し上げます。


 「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」



 わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。――主の御告。――天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。(イザヤ55:8-11)



 神様の回り道は、ただの遠回りではない。神様の望む事を成し遂げ、神様の言い送った事を成功させるための道。


 メッセージの最後にこんな映像が流れた。私たちのさまざまな夢やニーズが描かれた、いくつものきれいなガラスのオーナメント。それが、一つ一つ、落ちて粉々に砕けてしまう。しかし神様は、その破片を拾いあげ、もう一度きれいなオーナメントに戻してくださる… その映像を見ながら思った。元通りのオーナメントに戻るのではなくて、神様は色とりどりの破片をモザイク画のようにつなぎ合わせ、私たちが思いもしなかった素晴らしい作品に仕上げてくださるのだ、と。モザイクをつなぎ合わせる接着剤は、神様の恵み。砕けたあの夢も、この願いのかけらも、恵みの中に埋め込まれ、神様がデザインされた新しく美しい絵になる。


 上のイザヤ書の御言葉の続き。「まことに、あなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。(55:12、13)」


 クリスマスツリーを見つめつつ、この言葉を、2011年に向けての神様からの言葉として受け取ります。