11日の記事に追記しましたが、こちらにもアップ。


 クリスチャニティ・トゥデイに、今回のウォルトキー博士の件の流れを追った簡潔な記事と、その後の展開についてやはり簡潔に記された記事があったので、それらをリンクします。




 二つめのリンク先には、ウォルトキー博士がRTSの人々宛に出し、クリスチャニティ・トゥデイにも提出した手紙の全文が出ています。彼の敬虔で、誠実な態度に深く心打たれました。彼の言葉に一切の苦みが感じられず、自己弁明ではなく、ただキリストの体に混乱をもたらさないように、明確にすべき点は明確にしている姿に、とても教えられました。この一件が起きた背後に、主の御手を感じます。渦中の人になってしまったウォルトキー博士は辛い思いもされただろうけれど、主が、ウォルトキー博士なら耐えられると思って彼を選んだに違いないと思ってしまいました。博士の次の職場も、すぐに備えられたようだし… 今回のことが、キリスト教界のanother scandalになるのでなく、主の御体を建て上げるために、愛と謙遜をもって建設的に用いられることを祈ってやみません。私もそのような者に変えられたいと、切に願います。


追記:このブログ記事も同じ問題について触れているのでリンクしておきます。




 このブログの主はマイケル・バードというオーストラリア人の神学者です。このブログでは、Peter Enns師が旧約聖書の解釈の問題でウェストミンスター神学校から解雇された件や、Tremper Longman師がアダムが実在した歴史的な人間ではなかったのではと発言したこと(そのビデオはこちら)で、改革派の神学校をクビになった件についても言及されています。さらに、このブログではおなじみの、ジョン・ウォルトン師の本に改革派の神学者から痛烈な批判が出ている件も。


 私は神学者ではないので、これらの流れについてまとまった発言をすることはとうていできませんが、アメリカのキリスト教神学界で今、起こるべきことがようやく起こり始めているような気がします。以前から私もこのブログなどで何度か触れてきていますが、進化論の問題ほか、アメリカのキリスト教で「当然」「聖書的」と思われていることには、実は「聖書的」というより、アメリカ文化に根ざしたアメリカ独特のものがいくらかまざっているようです。北米以外の神学者から、その指摘がされているのを最近よく目にします。


 フランシス・コリンズ博士のような、神学者ではなく、科学者がこういった発言をしているうちは、まだ米キリスト教界もそれほど揺るがなかったようですが、今や、著名な神学者たち(特に旧約学)の間から、有神論的進化論を支持する発言や、アダムが歴史上に存在した人間だったかを疑問視するような声が上がり始め、様相が変わってきたようです。


 これらの論争は、すぐには決着はつかないでしょうし、多くの痛みも伴うでしょう。しかしミシガン大学のRJS博士がJesusCreedの記事で言っていたように、成長には痛みがつきもの。このプロセスを主が助けてくださることを祈っています。