今さらだけど、翻訳というのは、実に地道な作業だ。


 ある翻訳家の方が、翻訳の作業は、最初にざっと訳す部分を「3」とすれば、それを出版して読者に読んでもらえるクオリティに仕上げるまでの部分が「7」だ、と言っていたという話をどこかで読んだことがあるが、まったくその通りだと思う。


 最初に一通り訳すのはいわば叩き台であって、本当の作業はそこから。そこから、気の遠くなるほど何度も読み直し、推敲し、原文と再度照らし合わせ、そして編集者さんのコメントを参考にしつつ、さらに訳文を練り直し… しかもその推敲のプロセスは数ラウンド続く。そこまでやってようやくゲラ刷りに到達し、そこからさらに、数度のゲラ校正がある。


 ロイドジョンズの翻訳をされている渡部謙一さん(うさたろうさん)は、『ローマ書講解』の推敲を全部で14ラウンドなさったとか…!! しかも、あの本は非常にボリュームがある!! 私はさすがに14ラウンドも推敲したことはないと思うが、でも、そこまでなさるといううさたろうさんのお気持ちはよくわかるし、同じ翻訳者として大いに啓発される。と同時に、頭が下がる。


 とはいえ、実際のところは、翻訳(推敲も含めて)にかかる時間は本や事情によってさまざまで、出版社さんからいただいたスケジュールが詰まっていて短期間で仕上げざるを得ない場合もあるし(私の場合、『ヤベツの祈り』『スモールグループから始めよう!』『厄介な上司・同僚に振り回されない仕事術』などがそうだった)、内容が緻密で、じっくり時間をかけないととてもできないようなものもある。


 今やっている『Renovation of the Heart(仮題:心の刷新)』(ダラス・ウィラード著)は、まさに後者だ。この本の原書は、良書でありながら、アメリカ人の読者にとっても読むのが難しいと評判で、多くの人に読んでもらうべき本でありながら敷居が高くなっていることを憂いた(?)編集者さん(Navpress)が、急遽、本書のダイジェスト版を著者と連名で出版し直したほどだった。ネイティブが読んでも手強い本を、日本語に訳すのだから容易なことではない。しかしながら、神様のご配剤はいつもながら素晴らしい。私の教会のパスターの一人がこの本の愛読者で、なんと本書をもとにした「集中講義」を二日間にわたって教会で行ったのだ。彼はもちろん、私がこの本の翻訳をしているなど知らなかったわけだが、翻訳していることを告げると、彼は大いに励ましてくださった。さらに、その後うちの教会で、外部からの講師を招いてリーダーシップセミナーが開かれたことがあり、そのときのテキストの1冊が、なんと本書だった! そんなわけで、内容が難しくて辟易していた私に、神様は本書のエッセンスを学ぶための機会を2度も用意してくださったのだ。


 本書の翻訳は、本書を自費出版されようとしていた牧師さんからの依頼で、当初は他の方がすでに訳した原稿を「校正」するという話だった。ところが、ボランティアとして気軽に請け負ったものの、やり始めてみたら「校正」では済まないことがわかり、実質上の訳し直しとなった。こんなに大変だと最初からわかっていたら、多分引き受けていなかっただろう。でも、知らないで引き受けて良かったと思っている。やらせていただけて良かったと思っている。この機会を与えていただき、心から感謝している。今まで自分が関わってきた翻訳書の中で、one of the most important booksになるだろうと思う。泣きが入るほど大変な翻訳のプロセスだけれど、本書を日本の皆さんにも紹介できると思うと、心から喜びがわき上がる。そしてこんな大切な本の翻訳に関わらせていただいていることに、深くへりくだらされる。


 出版社あめんどうさんが、本書の日本での出版意義を理解してくださり、あめんどうさんから出版してくださることになった。推敲過程において、編集者のOさん(クレオパさん)のコメントは実に厳しい。「意味不明。訳再検討を」といったコメントが随所に入る。海の向こう側で、Oさんがムチを持って立っているんじゃなかろうかと思うこともある(ウソw)。いや、でも、厳しいだけでなく、気を遣ってくださっているのもよくわかる。ダラダラ時間をかけている私に、励ましの言葉もたくさんかけてくださる。「意味不明」というコメントのおかげで、確かに意味不明だった箇所の訳が、どんどん明瞭になっていくのは、実に嬉しいものだ。それに、Oさんは翻訳の苦労を精神的にも実質的にも共有してくださり、原文の非常にややこしい箇所(著者は哲学者)など、訳の代案を一緒に考えてくださることもある。(実際、たくさん考えてくださっている。感謝。)今までの本もそうだったように、やはり出版というのは、編集者さんとの共同作業であることを強く思う。


 現在、もう1ラウンド推敲する段階にある。これが終わったら、いよいよゲラ刷りに入るそうだ。出口がようやく見えてきたけれど、まだ先は続く。最後まで、主が助けてくださいますように。主のご栄光と主の民の成長のために、主が本書を日本の地でも大いに用いてくださいますように。