このブログをいつも読んでくださっているHさんから、『ゲノムと聖書』のご感想をいただきました。許可をいただいたので、以下に転載させていただきます。どうもありがとう!


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 今、「ゲノムと聖書」を第11章まで読み終えて、心が震えて しょうがないので、いきなり メールを差し上げています。もっと落ち着いてから、そして 補遺の章も読み終えてから、きちんとした感想をお伝えすべきで、それが礼儀にかなっていることでしょうが、どうか このような失礼をお許し下さい。



 第1章を読んでいる時にも 思うことがたくさんありました。(「ナザレのイエスは神の子か?」を ほぼ同時に購入して、最初のうち並行して読んでいたので、ますます 思わされることがありました。今週は「ゲノムと聖書」の方を読むことが 止められなくなりました。)そして、今、11章までを読み終えたところです。



 8章までは、「本当の謙虚さ」を教えられながら、まさに「腑に落ちる」という思いで 読み進みました。(ちょっと難しかったけれど、著者の意図は読みとれたつもり)そして、自分の中にある 「しこり」のようなものに 気づかされました。



 こんなに簡単に言ってしまってはいけないでしょうが、ほとんどの対立は おそらく 無知と共に、こういう「しこり」が原因では ないでしょうか。無知だけなら、「知った」時に修正できる。 でも、修正を妨げる「しこり」。プライドかもしれないし、不安かもしれないし、なんだか分らないけど、簡単には ほぐれない しこり。



 大きな対立ではなくても、日々の小さな小さな対立の原因になる しこり。自分の中に まさに それを見ました。そして、それを 取り除く責任が 自分にあることを感じました。



 とにかく、8章までは すごく納得しながら 読んだのです。ところが、「第9章 インテリジェント・デザイン 選択肢(3)」を読み終えたとき、なんともいえない 虚しい気持ちになりました。ID理論のことは良く知らなかったのですが、免疫学者(クリスチャンではないはずです)の対談の中に、「分子からタンパク質、細胞、組織、器官(この辺の順番は間違っていると思います。あしからず。)を成す過程には、還元論では説明できないものが必ずある。そこには 必ず創造がある。」という文を読んで、感動したことのある私には、ショックでした。



 今日、私の住むところは 素晴らしい秋晴れで、形容しようのない青空が広がっています。朝から 何度も 「なんて素晴らしい日だろう! なんてきれいな空だろう!」と感激している私ですが、この青空も、粒子とか 波長とか なんだかんだで説明できて(たしかに説明できるんだろうけど)こんな私の感謝の思いなんて、幻想にすぎないの???と、マジ 真剣に思ってしまいました。(今、書きながら、馬鹿だな~ と思っています。)心を揺さぶる音楽も、ある周波数の振動の束でしかないの? 心揺さぶられる感覚は 幻想?



 そんな単純な私が、11章を読みながら 泣いていました。この心の震えが 幻想でないことを、今は確信しています。心の震えを信仰だと思うことは 危険だと、承知しています。でも、思わず泣いてしまったのは、221ページの「霊的真理の探究は、各々、自分でその道を進まなくてはならないのだ。もし神が本物なら、必ず助けてくれるだろう。」


 もし神が本物なら、必ず助けてくれるだろう。


 今、このことが 私の信仰の確信です。神様は 本当に その歩みを助けてくださっている。



 簡潔に書くつもりが、いつのまにか 長くなってしまいました。



 このメールを書く前に しばらく前のブログを拝見したら、「ゲノムと聖書」について、諸先生方と素晴らしいコメントのやりとりが続いているんですね~。こんなメールを送りつけちゃうのは 恥ずかしいけど、この心の震えは本物なので、送信しちゃいます。



 長々と失礼しました。最後まで読んだら、もっと きちんと感想を書きます。


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 「しこり」のこと、私も同感です。この「しこり」は、ある意味、人間の「罪」と直結しているのかもしれませんね…


 この件だけでなく、おっしゃるように、生活のいろんな部分で、この「しこり」が邪魔をして人を愛することができなくなっていたり、真理を求め、それに直面することから逃げていたりする自分を、確かに感じます。


 11章を読みながら泣いてしまわれたとのこと… 読み進む中で、いろんな疑問が湧いてきたり、あるいは科学の話でついていきにくくなる部分もあるかもしれないけれど、翻訳者としての私の願いの一つは、読者の皆さんにはたとえ途中をとばすことがあったとしても、11章はぜひとも読んでいただきたい、というものでしたので、読んでいただけて嬉しかったです。


 私も11章で泣きました。最初に読んだ時に泣き、翻訳しながら泣き、推敲の時にも泣き、完成したものを読んでまた泣きました。高橋先生も(11章でかはわかりませんが)涙が出たとおっしゃっていましたよね。


 


 多分本書は、科学的にも神学的にも、細かい点を見るならば、つっこみどころはたくさんあるのではないかと思うのです。それでも、霊的存在であり同時に物理的存在でもある者として造られた「人間」として、本書は、神様と神が造られた全世界(とそこに存在するもの)を、恐れずにまっすぐに見つめていくことを励ましてくれる… そんな気がするのです。そう、まさにHさんが言及しておられた「しこり」を乗り越えて。


 Hさん、ご感想をお分ちくださって、本当にありがとうございました!