主よ。あなたは、あなたのなさったことで、私を喜ばせてくださいましたから、私はあなたの御手のわざを、喜び歌います。(詩篇九二・四)



 神のひとり子イエス様が、人となってこの世に来てくださった。そして、救いの御業を完成してくださった。私にはすでに、主の御手のわざを喜び歌うだけの十分な理由、根拠がある。しかもそれに加えて、日々の歩みの中でも、主は私にいろいろな喜びの種をくださっている。それを喜ぶか喜ばないかは、私がどれだけ主の善意(Goodness)に信頼できるかにかかっているのかもしれない。


 今朝読んだ、「今、わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ。この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや、このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです」(ヨハネ12:27)という箇所。十字架にかかる日が近づいている時のイエス様の言葉。イエス様は後にゲツセマネで「悲しみのあまり死ぬほどです」とまでおっしゃっているから、この時だって相当緊張しておられたのではないかと思う。それにもかかわらず、もうすぐ成就されんとしている御父の善なるご計画がもたらすものを思えば、イエス様のお心は、緊張しつつもやはり喜びを感じておられたのではないだろうか。


 表面だけを見るならば、気落ちすることや心の騒ぐこと、また痛みや悲しみに涙することもあるけれど、その背後にある神の善意にとことん信頼していく者でありたい。


 子供たちは明日から冬休み。学期末の慌ただしさも乗り切った。エミは微分のテストもフランス語の発表も物理の宿題も無事終えた。みんやま~やのコンサートも終わった。ケンは、おととい学校で、インディアナから来た新聞社の人にクリスマスについてインタビューされた。校長先生のご指名で、ケンと他の三人の児童が選ばれたらしい。どんなことを聞かれたの?と聞くと、「サンタやトナカイについてのくだらない質問だよ」だって。(笑)どんなくだらない質問?と聞くと、「トナカイは何を食べるのかとか、どうやって飛ぶのかとかさ。トナカイは葉っぱを食べ、目に見えない羽で飛ぶんだって答えておいたよ」だって。(爆笑) ぼぼるパパは、年末までに提出する予定の論文の準備と、来年夏のワークショップの準備に余念のない日々。そういえばすっかり書き忘れていたけれど、ポイントオブグレースと一緒に歌ったクリスマスコンサートは最高だった。


 明日はシカゴJCFNのバイスタの仲間たちと一緒にウィロークリークのクリスマス礼拝に行く。みんなに会えることと、家族六人揃って参加できることが、とても嬉しい。


 私はセンスがないので、家の中はそんなにクリスマスっぽく飾り付けられていない。今年はちょっと経済的にもゆとりがなかったため、クリスマスツリーの下に並ぶプレゼントの数も、例年よりずっと少ない。それでも中村家にもクリスマスはやってくる。いや、すでにもうやってきた。Glad tidings of Joy. ハレルヤ、イエスさま、ありがとう。