共感しつつ、励まされた箇所。



 教えだけでなく、復活のイエスご自身が私たちと共におられるので、イエスを神と認め、イエスに養っていただこうとする者にはすべて、神の庇護が保証されています。「小さな群よ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになります」(ルカ一二・三二)。私たちはこの神の愛によって、また神の善と偉大さを信頼し賞賛し、神の御手の守りを日常的に経験することによって、「自分のことは自分で面倒を見る」という重荷から解放されるのです。


 これによって、私たちの日々の生活は、何と大きな変化に導かれていくことでしょう。私自身について言えば、一日の始まりに(たいてい起き出す前)、その日を主の御手にゆだねます。主の祈りあるいは詩篇二三篇を、ゆっくりと思いを巡らせつつ祈ることが多いです。そしてその日に起きるすべてのことを、神から送られて来たもの、または少なくとも神に許されて起きることとして受けとめます。神の守りの手の中で、安心して受けとめるのです。これは私が「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行う」(ピリピ二・一四)のに役立ちます。私はすでに神のご支配の中にあり、神が私の益となるように取りはからってくださると、信頼しているからです。私はもはや、天候も飛行機も他の人々も、自分でなんとかしようと頑張らなくていいのです。


(ダラス・ウィラード書『Renovation of the Heart』 第4章より)』






 また、この祈りも思い出した。


 -すべてをそっと主に委ねる