今度の日曜日をもって、はちこと私は、2年半勤めた教会のワーシップリーダーから降板することにした。理由のひとつは、精神的肉体的疲労。疲れたときは、休む。これは鉄則だ。しかし、本当の理由は、生活の中の優先順位を見直し、家族や教会との関わり方を根本点に変える時期にさしかかっていると判断したからだった。ミニストリーに時間とエネルギーを取られて、大切な人間関係から目をそらしたり、十分に時間を割けなかったりするようになってはまずい。


10日ほど前に辞表を提出したとき、パスターは驚いていたが、おだやかに私の話を聞いてくれ、最後にはお祈りをしてくれた。すぐ我々に代わって日曜の朝夕の賛美をリードできる人材が確保できるわけではないから、迷惑をかけてしまった。しかし、あとのことは彼が引き受けて下さったので、お任せする。


しんどかったけれど、楽しい2年半だった。3年前、歌が少し歌えるだけの私たちが、教会のごたごたの中であれよあれよという間に賛美をリードすることになってしまって、右も左もわからなかったのに、まがりなりにもここまでやってこれたのは主の恵みと、みんなのサポートのおかげだ。みんなと神様の間で邪魔にならないよう、いつも苦心していた気がする。もともと「つなぎ役」のつもりだったので、ある意味いつでも辞められる心の準備はできていたと思う。むしろ、よく2年半もやらせてもらえたな、という感じだ。


一方で、自分で辞表を出しておいて何だが、ちょっと後ろ髪を引かれなくもない。チームメンバーやパスターはもちろん、会衆との関係も最後まで良好だったし、下手は下手なりに自分たちではベストを尽くしてきて、会衆もだんだん自由に賛美できるようになってきたねー、と言っていた矢先だった。もう少し続けて、プラットフォームの上からブレイクスルーを見てみたかった気もする。選曲には結構我々のカラーが入っていたから、降板したらたぶん歌わなくなる歌も何曲かあるだろう。でも、これらは手放さなくては。


火曜日は我々にとって最後のリハーサルだった。始まる前にパスターとパスター夫人とはちこと私の4人で、数分話をした。こちらから辞表を出したのに、今まで本当によくやってくれた、みたいなことを言われて恐縮してしまった。尻すぼみにならぬよう、最後まで全力を尽くそうと思った。だが、始めてみると、最終リハだっつうのにあいかわらずサウンドの調子がおかしく、妙なリバーブがかかってたりして、みんなで笑いながらやった。いつものリハーサルとそんなに変わらなかった。


「終わったね。隣ではちこの声を聞きながら歌うのが好きだったよ。」と言うと、「これからは座席で並んで歌えばいいじゃない」とはちこ。そうだよね。本当にそうだ。