いつもお世話になっている上沼昌雄先生(JCFN理事長、「聖書と神学のミニストリー」主幹)がメールで配信されている「神学モノローグ」の最新号が今日届いた。先日もぼぼるパパが触れた、心の中の闇の部分に光を当てる、というテーマと共鳴していて驚いた。早速上沼先生に許可をいただいたので、以下にそのまま転載させていただきます。


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 ベストセラー『愛と心理療法』『平気でうそをつく人たち』の精神科医スコット・ペックが9月25日に亡くなった。69歳であった。彼のことを「神学モノローグ」(2月8日、3月7日、3月21日付)で書いていることを知っている次女の泉が、勤務しているワシントンポスト紙の死亡記事を送ってくれてた。癌でなくなったこと、霊的な成長のための手引き書にまでなった本を書いていながら現実には彼自身がそれに従うことが難しかったこと、亡くなる一年前に離婚をし再婚をしていたことが書かれてあった。


 彼自身のことを知る手がかりとしてIn Search of Stones (1995)が紹介してあった。絶版になっていたが古本屋から手に入れることができた。イギリスの古代の巨石を訪ねる旅日記であるが、どうしてそのような旅をしなければならないのかという問いから始まる魂のジャーニーでもある。精神科医として治療に専念すればするほど、闇の世界、神秘の世界に引き込まれるというの告白の書である。患者に関して、自分に関して、自分の結婚に関してまさにミステリーの闇により包まれていることの証である。自叙伝あり、自叙伝もないと断っている。


 夫婦で旅を続けながら、自分の性的な弱さ、奥様のうつ病、自分の不安神経症、子どもたちとの断絶、父親のこと、印税で入る巨額のお金のこと、まだ全部読み終わっていないが、精神科医としての自分の世界をそのまま書いている。患者のことではなくて、自分のことを書いている。患者を助けることができても、どうすることもできない自分のことである。自分が自分にとって一番やっかいな存在である。


 自分のことをそのまま書いたら、どのように評価のかは分からない。死亡記事は外面的なことを追って書いているだけである。スコット・ペックはそのような危険を承知していても、なおあえて自分のことを書かなければならない必然性を感じていた。悪や邪悪は、自分の影の世界を見ることを拒むことから始まると言う。人に隠し、自分に隠し、結局神に隠してしまうことから始まると理解している。


 自分の闇の世界、影の世界を見つめていったら、心はより暗くなる。そのような状態に何ヶ月も陥ってしまったと言う。それをあえて認め、受け止めることで這い出すことができた。霊的な成長は、この闇の世界に光りを当てることである。それはつらいことであるが、避けることができない。


 パウロは、自分のうちに住みつく罪に気づいていく手がかりとして、十戒の「むさぼってはならない。」をあげている。パウロにとってそれが現実にどのようなことであったのかは知ることはできない。今流にはアディクション(依存症)とも言える。何かにしがみつくことで心理的な安心感を保つ手段である。性であり、物であり、お金であり、趣味であり、妄想である。自分のなかでどうすることもできない自分を認めることでパウロは、アダムからの罪を知ることになる。そして、キリストの恵みをより深く知ることになる。


 私はスコット・ペックと同じように自分のことを書くことはできない。勇気がないのと、書き出したら自分がどこに行くのか分からないからである。しかし、パウロと同じように自分の罪を知らされる手がかりは気づかされる。そこに光が当てられることで自由にされることが分かる。それゆえにキリストによりしがみついている以外にない。


 それにしても亡くなる一年前に離婚、再婚をすることになったスコット・ペックの複雑さに震えている。


上沼昌雄記