ミルトスの木かげで

シカゴ在住のキリスト教書翻訳者中村佐知(はちこ)のブログです。

それからパンを取り、感謝の祈りをささげた後これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい」(ルカ22:19)数日前の「ブロークンハート」という記事は、アン・ヴォスカンプの" ...

今、読んでいる本の中に、こんな印象に残るエピソードが記されていた。子どもがハート型に切り抜いた白い紙とセロテープを持ってきて、「私の胸に貼り付けて」と頼んだ。母親は、子どもの前にひざまづくように座り、手のひらサイズのハート型を、子どものちょうど心臓のあた ...

 これは、先週の聖土曜日に見つけた画像なのだけれど、聖土曜日に限らず、ずっと私のリマインダーにしたいと思ったので、ここに載せておくことにする。 この1ヶ月くらい、ちょっといろいろあって、やや参り気味だった。しかし今日、愛するある姉妹と話していて、そうか、 ...

ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから十一キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いて ...

 テネブレ(Tenebrae)、というものを、今年初めて知った。 「テネブレ」とは、ラテン語で「暗やみ・影」を意味し、カトリックの典礼の一つで、受難週の最後の三日間(木曜日、金曜日、土曜日) に、キリストの受難と死を記念して行うものだそうだ。  15本のロウソクを ...

キリストは、 神の御姿であられるのに、 神としてのあり方を捨てられないとは考えずご自分を空しくして、 しもべの姿をとり、 人間と同じようになりました。人としての姿をもって現れ、 自らを低くして、 死にまで、 それも十字架の死にまで従われました。それゆえ神 ...

先週末は、南カリフォルニアでJCFN主催の沈黙のリトリート、C-WIT So Cal18に参加してきました。約三十人が集まり、幸いな一日を過ごしました。C-WITは何かを学ぶためのDoingの集まりではなく、ただ"Being"に浸る時間です。 参加者の皆さんには、信仰の歩みの中における今の ...

イエスよ、心が柔和でへりくだっているお方よ、私の祈りを聴いてください。   尊敬されたいという願いから イエスよ、私を救い出してください。  愛されたいという願いから イエスよ、私を救い出してください。  褒めそやされたいという願いから イエスよ、私を救い出 ...

このブログの上方にあるメニューに、「エクササイズ」という項目を加えてみました。これまでも、普段の記事の中で様々な霊的修練について言及してきましたが、それらに加筆修正したり、新たな記事を書いたりして、「エクササイズ」の項目からまとめてリンクしていきます。今 ...

 レクツィオ・ディビナ が御言葉を読むことを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けるのに対し、ヴィジオ・ディビナでは、画像などを見ることを通して神様と出会い、その御声に耳を傾けます。 レクツィオ・ディビナが「聖なる読書」なら、ヴィジオ・ディビナは「聖なる注 ...

先週、55歳の誕生日を迎えました。客観的に聞くと、すごく「年配」ですよね。体力の衰えは確かに感じるものの、中身は相変わらず未熟なままなのに、年だけ重ねていくことの恐ろしさ…(笑)私の誕生日は、Miho Dayの二日後です。二年前の誕生日は、青空の広がる晴れた日で ...

(by Joyce)(by Logan)(by princetakumis)(by milkgrrl)  (by Sh0tze) これらの絵は、昨日のみんの二度目の召天記念日のために、みんの友人たちが描いてくれた、みんの肖像画。みんの親友のEちゃんが企画してくれたらしい。アート好きなみんを記念するのにふさわしい、なん ...

 金曜日の夕方から日曜日の昼過ぎまで、沈黙のリトリートに行ってきた。私のスピリチュアル・ディレクター主催のリトリートで、本当のことを言うと、最近いろいろ忙しかったので、リトリートに行くことすら面倒だと思っていた。 けれども、年末に急に入った仕事が2月いっ ...

ケンはシカゴ大学のジャズのインストラクターの先生からサックスのレッスンを受けている。昨日はその発表会(?)みたいなものがあった。この発表会があることは、実は2週間前まで私たちは知らなくて、急に言われてびっくりだったのだけど。(笑)先生の他の生徒さんたちは ...

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